彼の思い

1/1
前へ
/10ページ
次へ

彼の思い

「コルネリア、これで少しは分かりましたか?」  ぐったりと寝台に横たわる愛おしい人に、リシャールは声をかける。コルネリアはなにも答えず、ただ規則正しく寝息を立てている。  リシャールはコルネリアの寝顔を頬杖をついて眺めた。  最初は、姉のように慕っていたはずだった。恋心を自覚したのは、ずいぶん後になってからだ。そして、いつまで経っても変わらない弟扱いに絶望したのも、同じ時期だった。  その関係を打破すべく、リシャールはピエムスタ共和国に遊学に行ったのだ。すべては、愛しいコルネリアと比肩するため。そのために、リシャールは3年も我慢したのだ。  コルネリアの身体中にはリシャールの独占欲の強さを物語るように、白い体に赤い華が散っている。ひとつひとつリシャールが丁寧につけたものだ。  結局、会えなかった3年の月日の空白部分を一気にうめるように、一晩かけてリシャールはコルネリアを抱きつぶし、あの手この手で「もう離縁を申し込まない」と何度も約束させた。 「しかし、最初に出会った日の約束が有効だったとは。俺をなだめるための単なるデタラメだと思っていたのに」  リシャールは端正な顔をしかめる。 『わたくしは、貴方にふさわしくないわ』 『賢しらだった女なんて、うるさいだけでしょう』  コルネリアは簡単に自分を卑下する。人に対して限りなく寛容な彼女は、一方で自分に対する評価があまりにも厳しい。  しかし、リシャールは思う。  着飾ることに一切興味のない彼女はいつも楚々としているものの、それでもなお溢れ出す気品や優雅さはだれにも劣らない。それに、エツスタンを一人で復興させる政治手腕も、リシャールは心底尊敬している。  実を言うと、微妙な立場にいる愛娘を心配したセアム三世に「コルネリアがピエムスタに帰りたいと言えば、すぐにでも帰してやってくれないか」と頼まれたのも事実だ。  現に、セアム三世は愛娘のコルネリアと破婚を勧めるように、秘密裏に何度かリシャールの寝室にエツスタン出身の美しい女たちを送ったりもしている。もちろん、リシャールはそれをすげなく拒んだが。 ――まったく、親子そろって閨に女を送りたがるのだから、困ったものだな。  とにかく、いくら人生の師匠と呼ぶべきセアム三世からの頼みであるとはいえ、リシャールはコルネリアを手放す気は一切ない。リシャールが6年間ひたすら思い続けたのは、コルネリアだけだ。  だからこそ、リシャールは徹底的にコルネリアを陥落させた。 ――まあ、多少手荒い方法になってしまったのは、良くなかったかもしれないけれど、誰だって6年も片思いした人をやっと手にいれたら、ちょっとくらいタガが外れるだろう……。  もう一度その身体を抱きしめたくなるのをなんとか我慢して、リシャールは窓の外を見る。  外は雨で、遠くで雷が鳴っている。リシャールは一人、含み笑いをして、コルネリアの頬を撫でた。 「ねえ、コルネリア。実をいうと俺は雷なんて最初から怖くありませんでしたよ。貴女の寝顔を見たいがための言い訳です。だって、雷が怖いって言えば、好きな女の人に抱いてもらえるんですから」  子供扱いを何より嫌う誇り高いリシャールだったが、コルネリアに抱きしめてもらえるのであれば、子供扱いも悪くなかった。らしくもない子供じみた嘘をついてまでも、リシャールはコルネリアのそばにいたかったのだ。  そんな幼い恋心は、ようやくいま、実を結んだ。  夏の終わりの雷雨の夜に、リシャールは幸せそうに目を細めた。じきにエツスタンに実り豊かな秋が来る。 ◇◆  アマン歴1658年、エツスタン王国は、ピエムスタ共和国の支配下から独立を宣言し、再び地図上にその姿を現した。  リシャール国王は善政を布き、エツスタン王国はソロアピアン大陸の貿易の要として大いに栄えた。  また、ピエムスタ共和国から迎えた年上の后妃を生涯愛し続けた彼は、たいへん子宝に恵まれたという。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

283人が本棚に入れています
本棚に追加