小さな婚約者

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小さな婚約者

 二人の結婚が決まったのは、リシャールが12歳、コルネリアが19歳のことだった。 「我が娘、コルネリアよ。エツスタン新領主のリシャール・ラガウェンのもとへお前を嫁がせようと思う」  ある日前触れもなく父王であるセアム三世にリシャールとの結婚を下命されたコルネリアは、その美しい薄緑色の目を見開いた。  結婚を命じられること自体は、別に驚くべきことではない。コルネリアは19歳。そろそろ婚姻の話が出てもおかしくない年頃だ。それに、王族の一員としてこの世に生を享けた以上、政略結婚を命じられる覚悟もできていた。  しかし、結婚相手がエツスタンの元王族のリシャール・ラガウェンとなれば話は別だ。 「エツスタンの、元王子との結婚ですか」 「ああ。……お前には、非常に難しい立場に身を置いてもらうことになるだろう」  エツスタンといえば、先の戦争でピエムスタ共和国が支配して間もない領地である。  もともとエツスタンは、独立した「エツスタン王国」という名の国家だった。エツスタンの人々はエルフの末裔とも言われており、独自の魔法文化と工芸品で知られていた。  エツスタン人たちは、細々と、しかし誇り高くその文化を守ってきたのである。  しかし、数年前に北方の海のはるか向こうにあるハンソニア王国とエツスタン王国の間で戦争が起こった。ハンソニアは、不凍港を持つエツスタンを足掛かりにしてソロアピアン大陸すべての覇権を握ろうと企んでいたのだ。  これを看過できないソロアピアン大陸最大の領土を持つピエムスタ共和国がエツスタン王国に加勢し、先の戦争は辛くもピエムスタ=エツスタン連合軍が勝利した。  しかし、先の戦争はエツスタンに深い傷跡をのこした。  戦場の舞台となったエツスタンの地は、目も当てられないほど荒廃した。ハンソニアの野蛮な騎士たちは田畑を踏み荒らし、街や村を燃やしつくしたのである。しかも、かなり徹底的に。  さらに悲劇的なことに、エツスタンは名君と誉れ高かった国王、ヨナソン13世とその后妃クラウディアを失ってしまった。  エツスタン王国の王族は、ヨナソン王の一人息子リシャールのみとなってしまったのである。この時リシャールは12歳。王権を握るにはあまりに幼い。  そこで、当面の間、ピエムスタ共和国はエツスタンを支配下に置くと宣言した。  この措置はあくまで一時的なものであるとセアム三世は繰り返し宣言したが、それに納得するエツスタン人はほとんどいなかった。それどころか、「混乱に乗じて国を乗っ取った卑怯者」とピエムスタに強く反発する始末。  しかし、ピエムスタ共和国とて、荒廃したエツスタンを放置するわけにもいかない。エツスタンがハンソニア王国の手中に落ちれば、次に狙われるのはピエムスタ共和国の広大な領土なのだから。  父王はコルネリアに難しい顔をした。   「エツスタン王族の生き残り、リシャール・ラガウェンは12歳。さすがに領主として実権を持つには若すぎる。そこで、お前にはリシャール・ラガウェンの配偶者となり、代行者として、よくあの領土を治めてほしいのだ」  コルネリアは俯いた。 「ねえ、お父様。エツスタンの人々は、わたくしを歓迎しないでしょうね」 「その通りだ。あそこは色々難しい。……だからこそ、儂はお前に一生エツスタンにいてほしいとは言わん。リシャールが成人する数年持ちこたえれば、それでいい」  愛のない、不幸な結婚になるのは、明らかだった。しかし、コルネリアはしっかりと頷く。  数多の兄弟姉妹たちと比べ、抜きんでて賢いコルネリアは、元よりあらゆる将来の可能性を見越して教育されてきた。――だからこそ、コルネリアは選ばれたのだ。 「お父さまのご期待に沿えるよう、努力いたします」  コルネリアの了承を得て、セアム三世はすぐにリシャールとの縁談をまとめた。  祖国ピエムスタとの別れを惜しむ間もなく、コルネリアはすぐにエツスタンに向かう。2か月の旅を経て、ついにコルネリアはエツスタンに足を踏み入れた。  エツスタンの人々は、もちろんコルネリアを歓迎していなかった。輿入れするコルネリアのために特別な催しが開かれることなく、リシャールの住む城までの道のりを、コルネリアは冷え冷えとした視線の中歩くことになった。  夫となるリシャールもまた、コルネリアを歓迎していなかった。 「俺は、お前を妻にしたくてしたわけじゃないからな」  初めて会ったコルネリアを前に、リシャールは冷たく言い放った。  コルネリアが護衛で連れてきた騎士たちは、一瞬にして「無礼な!」と気色ばんだ。しかし、コルネリアは騎士たちを視線だけで諫めた。 ――戦争で大事な家族をいっぺんに失った悲しみや不安。12歳という若さでエツスタンの領主になってしまったプレッシャーもあるでしょうに。  出会ってすぐに無礼な物言いをされたことに対する怒りは、不思議となかった。コルネリアの胸の中に強く湧き上がったのは、リシャールに対する深い同情だった。  それは、12歳の子供にはとても耐えられぬほど、重くて暗い宿命であるはずだ。それでも、リシャールはその悲しみに押しつぶされないよう、必死で己を鼓舞しながら、年上の花嫁を静かに睨みつけている。  悲しみと孤独が燻りながらもなお誇り高いアイスブルーの瞳は、コルネリアの心を囚えて離さない。 「リシャール、わたくしは仮初の妻なのです。ですから、ほんの短い間だけ、貴女の妻でいさせてくださいな。ほんの少しだけで、良いですから」  気づけば、コルネリアはリシャールを優しく抱きしめていた。
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