領主の帰還

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領主の帰還

「コルネリア様、そろそろ中へお入りになってください。夕風で身体を冷やしてしまっては大変ですよ」  バルコニーでぼんやりしていたコルネリアに、メイドのサーシャが気づかわしげに声をかけた。  コルネリアは軽く頷いて部屋の中に入る。 「お坊ちゃまがお帰りになるのですから、このままではいけませんわ」  サーシャはコルネリアを椅子に座らせた。コルネリアの細い髪は、夕風ですっかり乱れてしまっている。  しかし、コルネリアはゆっくりと首を振った、 「良いわよ。リシャールも年増の妻の恰好なんて気にしないわ。見苦しくない程度に結い上げてちょうだい。服は……いつものものを」 「もう! こういう時に、着飾らないなんてもったいないですよ。コルネリア様は本当に美しい方なのに!」  サーシャの言葉に、コルネリアはただ困ったような微笑みを浮かべた。 「……今日はリシャールが主役よ。わたくしが着飾ったって、仕方ないもの。わたくしは仮初(かりそめ)の妻に過ぎないし」 「そんなことを言わないでください! リシャール様が不在の間、この国を支えてくださったのは他でもない、コルネリア様なんですから! もっと胸を張って偉そうにしたって誰も文句は言えませんよ。もし文句を言う不届き者がいたら、わたしが許しません!」 「うふふ、ありがとうサーシャ」  コルネリアがこの国に来て、もうすぐ6年の月日が経とうとしている。  当初はコルネリアに冷たかったこの城の人々も、辛抱強く対話を続けることで、今ではコルネリアに尊敬の念をもって接するようになった。コルネリア付きのメイドのサーシャは特にコルネリアに懐いてくれている。  サーシャはコルネリアの緩く波打った亜麻色の髪をハーフアップに結い上げつつ、おしゃべりを続ける。 「それにしても、やっとお坊ちゃまが帰ってきますね! コルネリア様もさぞ嬉しいでしょう。お坊ちゃまがピエムスタに遊学される前は、お二人はいつも姉弟のように一緒でしたから」 「そうだったわね。懐かしいわ。最初は、リシャールに好かれたくて、ピエムスタから持ってきたお菓子をあげたりしていたわ。そのうちに心を開いてくれて……、あの時は嬉しかった」  コルネリアは懐かしそうに目を細める。  リシャールが攻撃的だったのは一時期だけだった。物腰穏やかで愛情深いコルネリアに、リシャールはすぐに懐柔されてしまったのだ。それに、コルネリアは年の離れた夫のリシャールに最初からメロメロだった。――もちろん、恋愛的な感情は一切なく、弟をかわいがるような感覚で。  なんせ、リシャールはコルネリアが幼いときに愛読した物語にでてくるエルフのような美しい面差しをしていたのだ。  癖のないプラチナブロンドはつややかで、肌は透き通るように白い。唇は紅を塗ったように可愛らしいアプリコット色。大きなアイスブルーの瞳は見る人を惹きつけて離さない。さすが、エツスタン王族がエルフの末裔と呼ばれるだけある。  一方、尊敬する両親を失って暗い顔をしていたリシャールも、コルネリアがエツスタンに来てからというもの、徐々に笑顔を見せるようになった。  ふたりは一日の大半を一緒に過ごしていたため、「まったくおふたりは、仲睦まじい夫婦ですね」と城の人々によく揶揄われたものだ。最初は冷たかった城で働く人々も、リシャールに笑顔をもたらしたコルネリアに深く感謝し、態度を改めたのである。
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