彼の本性

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彼の本性

「驚いた。ここがあの荒れ果てたエツスタンだったとは、とても思えない!」  リシャールは、驚嘆の声をあげた。隣で歩いていたコルネリアははにかむ。  エツスタンに帰還した翌々日、リシャールはコルネリアを連れだって城下町に視察に出た。  家臣たちにはもっと休むように進言されたものの、「1日でも早く、一人前の領主になりたいから」と言ってきかなかったのだ。  コルネリアは(リシャールはできるだけ早く仮の領主であるわたくしを追い出したいのね……)とひっそり凹んだが、真の領主であるリシャールが望むのであれば仕方ない。  数年で目覚ましい復興を遂げたエツスタンの城下町は、今日も人々でごった返していた。  特に賑わいをみせるのは、エツスタンの港だ。昔よりはるかにきちんと整備され、多くの船が停泊している。他国からの船も多く、行き交う人々の人種も様々だ。  興奮したようにキョロキョロするリシャールに、コルネリアは訊ねた。 「3年ぶりのエツスタンはいかがですか?」 「素晴らしいです。昨夜は急いで城へ向かったため、周りの景色を見る余裕がなかったのですが、これほどまでにエツスタンが賑やかになっているなんて……。まったく想像もしていませんでした」 「エツスタンはもともと、優れた工芸品がたくさんありましたからね。貿易したいと思っていた国はたくさんあったはずですよ」 「……今思うと、昔はほとんど鎖国状態でしたからね。しかし、数年でこんなにも変わるなんて」 「港が変われば人も変わるものです」 「ああ、それはお義父殿もよく口にしていましたね」  さらりと父王のことを「お義父殿」と呼ぶリシャールに、コルネリアは複雑な気持ちになった。まるで、仮初の妻であるコルネリアを、本当の妻として扱っているような物言いだ。  しかし、それより辟易したのはリシャールの距離感だった。エスコートは自然で、どこまでも紳士的だ。問題なのは、リシャールは、城下町の視察の間、さも当たり前のように、コルネリアの腰に手を回していたことだ。  その上、リシャールはことあるごとに熱のこもった視線でじっとコルネリアを見つめるため、さすがのコルネリアもドギマギしてしまう。 ――まるで、わたくしの知っているリシャールではない、知らない男の人と一緒に歩いているようだわ。  リシャールの変わりように、コルネリアは今更ながら3年の時の長さを感じてしまう。 ――嫌だわ。この子、どれだけピエムスタで女の子と遊んできたのかしら……。  なんだか、モヤモヤした気持ちになるコルネリアである。  そんなコルネリアの複雑な気持ちを知るよしもないエツスタンの人々は、りりしく成長した領主リシャールが、その妻コルネリアを連れだって歩く姿を、ほほえましく見守っていた。  たっぷり一日かけて城下町を視察したふたりは城に戻り、夕食をともにした。   シェフたちが腕によりをかけて作った品々は、全てコルネリアが選んだものだ。リシャールがかつて好きだったものばかりである。  しかし、夕食の前になにやらセバスチャンと話し込んでいたリシャールは、美味しそうな料理を目の前にしても、歓声一つ上げなかった。それどころか、先ほどの和やかな視察の雰囲気と一転して、どこか上の空で、不機嫌そうだ。  食事の間、食堂には奇妙な緊張感が流れていた。  食後のコーヒーが出された後、コルネリアはおずおずと口を開いた。 「……食事は、お気に召しませんでしたか?」 「いや、別に」  リシャールの取り付く島もない回答に、コルネリアはとりあえず頷くことしかできない。  夕食の時間は、気まずい雰囲気のまま終わってしまった。 ――リシャールの様子が、何だか変だったわ。夕食の前にセバスチャンと何か話していたけれど、気に入らないことでもあったのかしら……。  コルネリアは内心ため息をつく。昔のリシャールであれば、なにを考えているのかある程度は分かったものだが、今は違う。すっかり大人になってしまったリシャールがなにを考えているのか、コルネリアはまるで見当もつかない。  暗い顔をして部屋に戻ってきたコルネリアを心配したサーシャは、コルネリアが好むプルメリアの香料をしたたらせた湯を用意してくれた。  湯浴みのあと、サーシャは少し心配そうにしていたものの、今日は早く寝たいからとコルネリアはサーシャを下がらせた。もちろんすぐに寝られるわけもなく、城下町の一望できる窓際のソファに腰かけて、コルネリアは小さくため息をつく。  昼間はあれほどまでに快晴だった空も、コルネリアの気持ちを映したかのようにドンヨリと曇っている。じきに雨が降るかもしれない。
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