彼の本性

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――こんな雰囲気では、リシャールに離縁の話を切り出せないわ。  リシャールのことを思って離縁の申し入れをしようとしているとはいえ、さすがにタイミングというものがある。コルネリアはずっとそのタイミングをうかがっていた。 「これから、どうしようかしら――」 「窓は閉めましたか? 今夜はおそらく雨になりますよ」 「きゃっ」  一人きりだったはずの部屋で急に話しかけられて、コルネリアは身をすくめる。コルネリアの背後にいたのは、いくぶんくつろいだ格好をしたリシャールだった。  コルネリアは慌ててゆったりとしたネグリジェの胸元を引き寄せる。彼女の愛用している夏用のネグリジェは、体のラインがでてしまう薄いものだった。理想的な淑女であれば、間違っても男性に見せるようなものではない。 「の、ノックをしてください!」 「しましたよ。返事がないので勝手に入りましたが」  リシャールは悪びれもなくさらりと答えた。窓から入った月の光に照らされた恐ろしく整った風貌には、暗鬱な陰影が見え隠れしている。  見覚えのある懐かしい表情にコルネリアは眉をひそめた。 ――この表情は、確かリシャールが泣く前の……。  コルネリアは半ば条件反射的にリシャールに歩み寄り、そっと頬に触れる。 「……何か悲しいことでも?」  コルネリアはリシャールに訊ねる。かつてそうしてきたように、優しく、子供をあやすように。  リシャールはハッとした顔をした後、アイスブルーの瞳を伏せ、コルネリアの差し伸べられた手に頬を寄せると、やるせないため息をつく。 「……貴女は、昔からそういう人でしたね。どんなに隠そうとしても、俺の気持ちを、すぐに見抜いてしまう。……そのくせ、本当に伝えたいことは全く伝わらないんだ」  刹那、視界が反転した。  リシャールがコルネリアの腕を強く掴み、そのままベッドに押し倒したのだ。  なにがあったのか理解できず、コルネリアはリシャールの腕の下で目をぱちくりさせた。一瞬のことに、思考が追い付かない。コルネリアを見つめるアイスブルーの瞳に、身を焦がすような炎がぎらついている。  押し倒されたのだとようやく気づいたコルネリアが、羞恥で顔を真っ赤にした。 「な、なにをするんですか!」 「……この状況で男女がやることと言ったら一つでしょう」  リシャールはそう言うと、コルネリアのネグリジェの胸元のリボンをするりと解いた。コルネリアのまろやかな胸元がはだける。  コルネリアは悲鳴をあげた。 「だ、誰か……っ!」 「人払いをしましたから、人は来ません」 「どうして……」 「俺たちは結婚しているんです。こうやって一晩閨を共にすることくらい、自然なことだと思いませんか」  リシャールの冷ややかな瞳に、コルネリアが怯んだ。 「で、ですが、わたくしは仮初の妻で――……」  リシャールはコルネリアの言葉を遮るように唇を重ねてくる。  柔らかな唇が、コルネリアの唇の輪郭を確かめるように何度も重なる。時には優しく、時には食むように。  コルネリアの柔らかな唇が、リシャールの執拗な接吻によって、鮮やかに色づいていく。  頭の奥が痺れるようなキスに一瞬身を委ねそうになったものの、ハッとしたコルネリアは首を振ってリシャールの薄い唇から逃げる。 「リシャール様、どうか馬鹿な真似はおよしください。もし子を望んでいらっしゃるのであれば、エツスタンのご令嬢を紹介しますから……。みんな、こんな年増のわたくしと比べ物にならないほど美しく、聡明な子たちです」  コルネリアは息も絶え絶えに訴えた。現に、彼女はリシャールの結婚相手として何人かの令嬢たちに目星はつけている。  しかし、コルネリアの切実な提案に、リシャールの纏う空気がさらに冷ややかさを増す。 「信じられない。俺と離縁して、他の女をあてがおうとしていたんですか……? 俺はずっと、貴女しか見てないのに!」 「待ってください! なぜリシャール様が離縁の話をご存じなのですか?」  コルネリアは驚いた。リシャールには、もちろん離縁の話はしていないはずだ。  リシャールは淡々と告げる。 「貴女が離縁を望んでいると、セバスチャンが報告してくれましたよ」 「せ、セバスチャンが……!?」  思わぬ裏切りに、コルネリアはショックを受ける。  リシャールは小さく息を吐いた。 「セバスチャンを責めないでください。彼は、コルネリアのことを思って俺に教えてくれたんです。エツスタンに帰ってきて、貴女が妙に他人行儀な態度をとるから、ずっと不思議だったのです。まあ、理由を聞いて納得しました」 「…………」 「彼に教えてもらわなければ、俺は貴女の気持ちなんて絶対気付かなかった。久しぶりに会えたことが嬉しくて、ずっとひとりで舞い上がっていた俺が馬鹿みたいだ」 「り、リシャール様、わたくしは、貴方の幸せを思って……」 「そんなこと、貴女に決められたくない!」  リシャールはコルネリアの言葉をぴしゃりと遮る。冷たく暗々としたアイスブルーの瞳には、隠し切れない孤独が滲んでいる。 「……貴女は、俺への態度は主人に対する家臣のように仰々しく敬っているのに、心のどこかでは、まだ俺のことを雷に怯えて泣く子供だと思っているんでしょう。だから、他の女を俺に勧めるような真似をする」  リシャールはペロリと唇を舐めた。その仕草が、その声が、明確な官能の響きを孕んでいるのを肌で感じたコルネリアは、本能的に逃げようと身体をよじった。しかし、あっという間に頭の上で両手首をまとめて掴まれてしまい、身動きが取れなくなる。 「少しずつ陥落させるつもりでしたが、気が変わりました。……貴女が『仮初の妻』なんかじゃないことを、分からせてやる」
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