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エツスタンの夏
夕空の片隅に、細い月と一番星が輝いていた。
ソロアピアン大陸の北方にあるエツスタンの夏は短い。だからこそ、エツスタンの城下町は一番星が輝き始めてもなお、にぎやかだった。人々は、過行く夏を惜しんでいるのだ。いや、今日に限って言えば、人々たちが浮かれ騒ぐ理由はそれだけではない。
今日の夜、エツスタンの正式な主人が3年の遊学を終え、城に帰ってくるのだ。人々は主人の帰還を今か今かと待ち望んでいた。
そんな喜びに満ち溢れた街を、丘の上に築かれた城のバルコニーから静かに見降ろす一人の女がいた。彼女は何の宝飾もつけていない艶のある亜麻色の髪を夕風になびかせている。
彼女の名前はコルネリア・ラガウェン。23歳という若さにして、この領地を治める若き女領主だ。
しかし、そんな領主としての仕事も今日限りで一区切りつく。明日にはエツスタンに帰ってくる青年がその仕事を引き継ぐことになるだろう。
――ようやく、リシャールが帰ってくるのね……。
もう3年も顔を合わせていない夫に、コルネリアは思いをはせる。彼はピエムスタ王国の王宮に食客として出仕して、コルネリアの父であり、ピエムスタ共和国の王、セアム三世のもとで帝王学を学んだという。
――リシャールのことを、なかなか骨のある男だと、お父さまは手紙に書いてはいたけれど……。
コルネリアは一人くすりと笑った。あの雷を怖がっていた男の子のことだ。きっと厳しい父もかなり苦労したことだろう。
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