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右
「じゃあね~芽実ちゃ~んっ!」
向かいの通りに渡った恵理那が大声で叫んでいる。
飯田芽実は一瞥もくれずに歩き出した。
ランドセルはボロいし服はぶかぶか。
似合わない名まえも気に入らない。
『きっと赤ちゃんの時はかわいかったんだよ』
みんなでそう話していたら、ある日担任に「お願い」された。
『飯田さん恵理那ちゃんと同じ方向でしょ? 一度、いっしょに帰ってあげてくれないかな』
アホ担任。学級委員なら何でもやると思ってんじゃねぇよ。
教師の「一度」は言葉通りじゃない。
これずっと続けなきゃなんないの?
ムカムカしながら歩くうちに、例の場所に着いてしまった。
「あのさ、これお姉ちゃんから聞いたんだけど」
くだらないことを恵理那がしゃべっていったのだ。
「芽実ちゃん家の近くにさ、おっきな桜が生えた曲がり角があるじゃない?」
「やめてよ。聞きたくない」
ピシャリと言おうとしたら、タイミング悪く人が通った。
「あそこの突き当たりのアパートでね、昔、子供が消えちゃったんだって」
芽実は恵理那をにらんだ。
無視を決め込んでいた芽実が振り向いてくれたからか、恵理那はうれしそうに続ける。
「その子のお母さん、今も諦めきれなくてそのアパートに住んでてね、時々ドアを開けて外の階段に座ってるんだって。でね? もしもその人と出会っても、絶対目をあわせちゃだめだよ」
「なんで?」
「男の子なら自分の子と間違えて、女の子なら子供探しを手伝わせようと思って追いかけてくるの。捕まっちゃうとね」
恵理那がじぃっと芽実を見つめた。
「アパートに引きずりこまれて二度と帰ってこれなくなるんだって」
言い終わるとえへへと笑った。
「何がおもしろいわけ?」
芽実の怒りは頂点に達していた。
「引きずりこまれるとこ誰か見たの?」
「え?」
「引きずり込まれちゃったら帰ってこれないんでしょ? だったらその話、誰がお姉さんに話したの?」
「えと‥‥‥」
「どうせ作り話でしょ。あんたって最低!」
今、まさに右に在る曲がり角がそれだ。
意地悪されたって明日絶対先生に言ってやる。
泣きながら訴えれば、この「お役目」からも解放されるだろう。
芽実の頭上で葉桜が、覆いかぶさるように揺れていた。
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