第一話 黒薔薇の館

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第一話 黒薔薇の館

 それは意外な人からのとつぜんの招請(しょうせい)だった。  きらびやかな皇都のなかでも、大貴族の邸宅がならぶ貴族区の中心にあるその館は、きわめて豪壮だ。  それもそのはず。数代前の皇帝陛下の弟君が臣下にくだり、爵位を得たことから始まった、ラ・ヴァン公爵家の邸宅だからだ。  ラ・ヴァン公爵は、ワレスのパトロネスであるジョスリーヌの親しい友人だ。そして、ワレスの才能を買い、養子に来ないかと誘っている。以前、その話は断ったのだが、公爵はそのていどであきらめる男ではなかった。オシャレな茶会や、贅沢ざんまいの舞踏会、誕生会にまで招いてくれる。  だが、本日の誘いはそうした遊びのためではなかった。 「じつはな。私の従兄弟の城で人が死んだのだ。それも殺されたらしい」  四十代。独身で美男。ありあまる財産を持てあまし、身分も格式も高い。  生粋の男色家でなければ、ラ・ヴァン公爵はつねに美女を大勢はべらせていただろう。もっとも、美男はたくさん、はべらせているが。 「殺人事件ですか。それなら、役所の管轄ですね。ジェイムズにでも頼めばいかがですか? 閣下」  ワレスが暗に断ると、公爵は簡潔に自己主張する。 「いや、ワレス。私は君に頼みたいのだ」 「…………」  まあ、そうでなければ、わざわざ、ジョスリーヌを介して手紙を届けてまで、ワレスを呼びよせはしないだろう。  まったく、凡人にはない才能があるとか言われて、このところ、めんどうごとにばかり巻きこまれる。ワレスとしては、静かにジゴロの暮らしにふけりたいのに。 「あら、いいじゃない」と言ったのは、いっしょに来たジョスリーヌだ。後見人だからというより、興味本位でついてきたに違いない。 「あなたの才能は貴重よ。ワレス。ねえ、力を貸してあげましょうよ。うまくいけば、公爵がお礼に美しい屋敷の一つもプレゼントしてくれるかもしれないわ」 「そんなのいらないよ。どうせ、夜になると公爵がたずねてくるんだろ? ジョス。あんたはおれを公爵の愛人にしたいのか?」  何が楽しいのか、ジョスリーヌはコロコロ笑っている。 「そういうのも楽しそうね。でも、必ず奪い返すけど」 「まったく、腐ってやがる」  ワレスがわざと汚い口調を使っても、高貴な人々は微笑んでいる。何をしても可愛いと、その目に書いてあるようだ。 「ワレス。屋敷が欲しいならプレゼントしてもいい。もちろん、私の訪問つきで。しかし、これは真剣な頼みだ。死んだのは従兄弟の娘の婚約者なのだ」と、公爵はまじめな顔をしてジョークをまじえる。  油断のならない男だ。本気なのか冗談なのか、はかりかねるところが困る。 「公爵の従兄弟ということは、そのかたも身分の高い貴族、あるいは皇族なのでしょうね?」 「うむ。従兄弟はラ・テルム公爵。かなり古くからある旧家だ」 「ラ・テルム……それは何やら特殊な家柄ではなかったですか? 教科書にも載っていた。始祖は神官で、とても大切な神器を守っているのだとか?」 「そう。それが、いにしえより伝わる兵器だ」  古代兵器。そんなものがほんとにあるのか。 「それは、どんなものですか? 兵器と言うからには人を殺す道具ですね?」 「という話だ」 「話?」 「私も見たことがない」 「なるほど」  それはそうだ。神器をそうかんたんに他家の者には見せないだろう。一族のなかでも特別な人しか見ることはできないのかもしれない。 「それはとても恐ろしい武器だという伝説がある。火を吹く竜のごとき威力を持つのだとか」 「まさか、その武器で男が殺されたのですか?」 「そこまでは私も知らない。ただ、リオネルがとても困っているので、助けてやってほしいのだ」  それはまあ困るだろう。死んだのが家族や召使いであれば、当主の判断でなんとでもできる。だが、娘の婚約者ということは、相手かたの家への示しがある。  醜聞を恐れて役所に届けたくはないものの、事件は解決したい——そんなところではなかろうか。 「何かと言えば、おれを便利に使われるのは迷惑なんだが」 「そう言わず、頼む。君でなければならないのだ。ワレス。あいかわらず、麗しいな。シリウス星のような青い瞳だ」 「おれの容姿は関係ありませんよね?」 「あるとも」 「えっ?」 「私が見ていて楽しい」 「…………」  ワレスは嘆息した。  これは断ってもムダだ。けっきょく、やらされるパターン。 「わかりました。犯人を見つければいいのですね?」 「おお、やってくれるか! 礼を言うぞ。マイボーイ」 「いや、あなたの恋人(ボーイ)じゃない」  すると、ジョスリーヌまで言いだす。 「ワレスがやるのなら、わたくしも行くわ。楽しみだこと」 「舞踏会の誘いじゃないんだぞ?」  ニヤニヤ笑う高貴な人にはさまれて、ワレスはため息をついた。
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