第一話 黒薔薇の館

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 黒薔薇にかこまれた妖しい館。  そこに住む死の気配をただよわせる美女。 「おお、レモンド。ひさしぶりだね」 「あら、ギュスタンさま。ごきげんよう」  ラ・ヴァン公爵とあいさつのキスをかわす令嬢を、ワレスは見つめた。美しいからではない。まだ二十歳かそこらだ。この年で未亡人のようにふるまう彼女が気になったからだ。  ワレスは美男子だ。それも、そんじょそこらの美男子ではない。皇都でも十指に入るほどの……つまり、世界じゅうで数えるほどしかいない、とびきりの美青年だ。女に見惚れられることにはなれている。が、レモンド嬢はワレスを見ても顔色を変えない。それはあたりまえの女の反応ではない。むしろ、怒っているかのようだ。 「では、わたくしはこれで」  そっけなく令嬢は去っていく。  男嫌いなんだろうかと、ワレスは思う。いや、恋人を亡くしたばかりなのだから、当然か。  そのあとしばらく、ワレスの興味をひくことは起こらなかった。  それでなくても、身分の高い人たちの相手はめんどくさい。日ごろ、きわめて高貴なくせに、ワレスのぶしつけをゆるしてくれる寛大なジョスリーヌや、ラ・ヴァン公爵との対話になれているせいで、儀礼的な時間をムダに感じる。  しかし、このあいさつのあいだに、テルム家の家族構成がわかった。レモンド嬢、その両親、祖父母だ。お家騒動に発展しがちな叔父や叔母といった人種はいない。  かわりに、やけにたくさん男の滞在者がいた。婚約者が亡くなったので、さっそく候補が集められたのだ。  それで令嬢は怒っているのだろう。ワレスも候補の一人だと思われたらしい。  ちなみに、花婿候補者は四人。  ラ・ベリンヌ侯爵の子息ジェローム。  ラ・ジルジット侯爵子息ブリュノ。  ラ・パビリアン侯爵子息サミュエル。  ル・ヴュール伯爵子息シロン。  どれも次男か三男、あるいは末子。家を継ぐ必要のない青年ばかりだ。学生時代の成績は優秀で見目麗しい。一見しただけでは甲乙つけがたい。  思わぬ美男祭りで、ジョスリーヌやラ・ヴァン公爵は喜んでいる。令嬢のための婿候補なのに、自分のとりまきのようにあつかった。  両者ともラ・テルム公爵家におとらぬ高い身分だから、子息たちもまんざらでもないようすで、二人をチヤホヤしていた。テルム家の婿養子になれないなら、ラ・ヴァン公爵や十二騎士の家柄のジョスリーヌの寵愛を受けてもよいと考えたようだ。  だが、そのなかで一人だけ、気乗りしないようすなのがいた。みんなが公爵やジョスにむらがって、自分のかしこさや美しさをアピールするなかで、ひっそりと人の輪を離れていく。バルコンのガラス扉から庭へ出ていくのを、ワレスは見逃さなかった。  幸いにして、今は公爵もジョスリーヌも、ワレスがお相手をする必要はない。サロンの様相をなす豪華な客室を出て、男を追っていく。 「どこへ行くのですか?」  背中に声をかけると、男はふりかえった。ル・ヴュール伯爵子息のシロンだ。身分は四人のなかで一番低いが、顔立ちはもっとも端正だ。ユイラ人の多くは黒髪黒い瞳だが、シロンは茶褐色の髪にグレーの瞳で、いかにも王子さまらしい容貌だ。  ワレス自身はと言えば、王子というには、あまりにも金髪すぎると自認している。純金のような金髪の巻毛は、どちらかと言えば姫の属性だろう。 「初めまして。シロンさまはご出世に興味ないのですか? ラ・ヴァン公爵は世界随一のラ・ヴァン窯の窯元の大金持ちだし、ジョスリーヌは広大なユイラ皇国でも、初代皇帝に仕えた十二騎士の家柄という神聖な貴族だ。皇室に継ぐ権勢を誇っている。二人にとりいっておけば、テルム家の花婿に選ばれなくても、立身出世は思いのままですよ?」  シロンはため息をついた。ここで嘆息が返ってくるとは思わなかった。 「僕は……いいんだ。そういうのは、もう……」  ふうんと、シロンのお芝居の王子のようなおもてを、ワレスは見つめる。何やら苦悩をかかえているとふんだ。 (そういうのはと言った。ということは、これまでは人並みに出世欲があったということだ。今はなくなったと)  婚約者が殺害されたと知って、ひよってしまったのだろうか? しかし、それなら最初から縁談を断り、この屋敷にまで来なければいい。  シロンの態度には謎が残る。  彼が立ち去ろうとするので、ワレスはその肩になれなれしく手をかけた。態度も急に一変させる。 「シロン。あなたは令嬢の婚約者が殺されたとき、この城にいたのか?」 「えっ? 僕は、まあ、いたね」  ワレスの図々しさにビックリしたのか、シロンの態度もくだけたものになる。 「死体も見た?」 「いや、僕は見てない」 「なんだ。残念。でも、城にはいたのか。なぜ?」 「なぜって、候補者のなかから誰が選ばれるか、決定するまで、みんなでここにいたからさ」  なるほど。つまり、婚約者はもともと一人に決まっていたわけじゃない。花婿品評会の結果、勝利を勝ちとったのが、その一人だったのだ。  ということは、動機は花婿候補たちにも充分にある。シロンは興味なさそうだから、それ以外の三人が怪しい、ということか。
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