第二話 三人の花婿

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 やはり、怪しいのは三人の子息たちだ。 「一人ずつ話してみたいな。性格や生家の経済状態など知りたい」 「わかった。じゃあ、戻ろう」  とりあえず、今のところ、これ以上、この殺人現場で調べることはないようだ。  ワレスは建物との位置関係から、場所を確認した。これで、いつでもこの場所へ帰ってこれる。  屋敷へ戻り、一人ずつ、話を聞くことになった。が、三人の子息はいまだにラ・ヴァン公爵とジョスリーヌの腰巾着と化していた。ワレスも感心するほどの見事なおべんちゃらを使いつつ、適度に芸術や流行の話題で歓談している。 「ジェイムズ。おまえ、身代わりになってくれ」 「えっ?」 「ラ・ヴァン公爵。ご令息をお借りします」  公爵の肩に頬をつけるくらいよりそっている子息の腕をとり、かわりにジェイムズの背中をドンと押す。 「ひざに乗せるなら、かわりにコイツを」 「うーん。たしかに彼もハンサムなんだが、私の好みはもうちょっとこう中性的な……」  公爵はブツブツ言っていたが、とにかく一人ひっぱりだす。バルコンから外に出ると、令息は嘆息した。 「あとひと押しで公爵を堕とせそうだったのに」 「いやいや。あんた、レモンド嬢の婿になりたいんだろ?」 「もちろん。でも、あの姫君はおかたくてね」 「そうなのか」  まあ、そんな印象はたしかに受けた。硬いというより、恋にも人生にも疲れはてたとでもいうかのような。 「えーと、あんたの名前はなんだった?」 「失敬だな。ラ・ジルジット侯爵家のブリュノだ」  ブリュノは夢見るような黒い瞳の青年で、まつげバサバサ。まっすぐな黒髪は前髪長めで、きれいになでつけられ、あのメンバーのなかではもっとも線が細い。ラ・ヴァン公爵好みと言えるだろう。 「単刀直入に聞こう。あなたは令嬢を愛してるわけじゃないんだな? 家つき娘の婿におさまりたいだけ?」 「ああ、そんな身もふたもない言いかたしなくたって。令嬢は美しいよ。素晴らしい。彼女と結婚できたら幸福だと思う。だけど、今のところ望みは薄そうだ」  かるくウィンクしてくる。  ワレスは感じていた。  ブリュノはワレスと同じ人種だ。なんとなく憎めないふんいきと愛くるしい美貌。フランクで身分に関係なく親しみやすい。ジゴロの才能がある。 (二千五百年続いた公爵家の花婿。それは貴族の次男三男にはすこぶる魅力的だ。やつらの実家より、はるかに立派な家柄。跡取り息子の兄より上の立場に立てる。だが、ブリュノなら、テルム家に執着しなくても、いい条件の縁談を見つけることはたやすい。たとえば、ラ・ヴァン公爵にとりいって、親戚の娘を紹介してもらうとか。おまけで公爵の愛人におさまれば、いくらでも贅沢はできそうだな。公爵の口ぞえがあれば、宮中での出世も望める)  レモンド姫を本気で愛しているというのなら、彼女に固執するかもしれないが、そうではない。だとしたら、ブリュノが犯人である可能性はかぎりなく低い。 「ちなみに生家が没落しそうだとか、個人的に多額の借金を背負ってるなんてことは——」  ブリュノはとても楽しいジョークだとでもいうように、ほがらかに笑った。 「何それ?」 「いや、いい。ではもう、あなたはいいので客室に帰ってくれ」 「そう? じゃあ、君からギュスタンを奪ってみせるね」  それはもう好きにしてくれと思う。むしろ、奪ってほしい。  どっちみち、次の子息を捕まえてひきずりださないといけないので、客室までは二人で帰った。 「ギュスタン。帰ったよ。あなたのひざの上に乗ってもいい?」 「ははは。かまわないとも」 「ほんとに役人の彼を乗せてなかったよね?」 「ジェイムズは私の好みじゃないんだ」  ジェイムズが肩を落としている。ほんの一時のうちにやつれて見えた。  微笑ましい。まじめなジェイムズには、ヒマと金をもてあました高位貴族の遊びにつきあうのは苦労が多かろう。  恨みがましい視線をなげてよこすジェイムズを残して、次はジョスリーヌのとなりから一人をひっぱりだした。 「名前は?」  たずねるが、厳しい目をして、ワレスをにらんでくる。貴族至上主義の礼儀にうるさいタイプだろうか?  ワレスが嘆息して丁重に言いなおそうとしたときだ。 「君も花婿候補か?」と、反問してくる。 「ラ・ヴァン公爵がつれてきた。公爵閣下はテルム公爵のご従兄弟だろう? 死んだリュドヴィクのかわりに来た新しい候補なんだな? ラ・ヴァン公爵肝いりの」  おや、と思う。  花婿候補にライバル意識を燃やしている。ということは、彼はレモンド姫との結婚を本気で狙っている。  これはつまり、彼には婚約者に選ばれたリュドヴィクを殺す動機があったということだ。
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