第二話 三人の花婿

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 ワレスは目の前の男を見なおした。  背は高く、武人のようだ。馬術や狩りが大好きというタイプ。黒髪は巻毛で、瞳も黒い。ユイラ人の典型だ。が、ユイラ人は透きとおる白い肌が特徴であるのに、彼は日に焼けて浅黒い。さっきのブリュノとは正反対の男らしい美青年だ。  ワレスはわざと沈黙のまま、彼を見つめた。ワレスを花婿候補だと勘違いしたら、彼がどんな態度に出るのか見てみたかったのだ。  黙ってにらみかえしていると、彼はワレスのそばに歩みよってきた。腹立たしいが、彼のほうが身長がある。身をかがめてきて、ワレスの耳元にささやいた。 「死にたくなければ、さっさと屋敷から出ていくんだな」  言うだけ言って、彼は去っていく。  ふうんとワレスは彼の背中を見送った。彼はかなり容疑が濃い。リュドヴィクを殺していても不思議はない。  最後の一人を迎えに、またもや客室へ帰った。ここはあいかわらず盛りあがっている。 「ワレスったら、さっきから何をしてるの? ねえ、あなたもいっしょにお話しましょうよ? 楽しいわよ?」  なんて、ジョスリーヌが誘ってくるが、ワレスは片手で制して、三人めをつれだした。 「えーと、名前は?」 「サミュエル」と、彼は素直に答える。芸術家肌の繊細そうな顔立ちの青年だ。  ということは、さっきの傲岸な高身長がラ・ベリンヌ侯爵家のジェロームだ。  どうやら、サミュエルは気が弱そうだ。強く出ても問題ないと見て、ワレスはゆさぶりをかけてみる。 「サミュエル。君はリュドヴィクのこと、どう思ってた?」 「どうって?」 「好きか嫌いか。イヤなやつか、いいやつか」 「変なことを聞くんだな」  しばらく考えたのち、サミュエルは答える。 「……好き、ではなかったかも。リュドヴィクはちょっとイジワルなところがあったから」 「そうなのか」 「私はほかの人たちのような特技もないし、家柄以外、何も自慢できないつまらない男だから。よくからかわれた」  まあ、そうかもしれない。伏目がちに話すサミュエルは、なんとなく人をイライラさせる。嗜虐(しぎゃく)欲をそそるというか。いわゆるイジメられっ子だ。 「じゃあ、リュドヴィクが死ねばいいと思った?」  それには首をふる。 「まさか。そのくらいのことで、そこまで思わない」  こう見た感じでは、サミュエルは善良な羊だ。臆病な小鳥と言ったほうがいいかもしれない。しかし、人間には裏の顔がある。おとなしい人物ほど、耐えがたくなったときに爆発する力は大きい。 「レモンド姫のことはどう思ってる?」 「美しい姫だ。でも、いつも悲しそうな顔をしている」  恋愛感情があるかという質問だったのだが、思いもよらない答えが返ってきた。  ワレスが見た死のかげを、サミュエルも彼女に感じとったのか。それはサミュエルがレモンドのことを気になっている証とも言える。 「リュドヴィクが殺された日の昼ごろ、どこで何をしていたかおぼえている?」 「一人、部屋で詩集を読んでいた」  いかにも彼らしい。が—— 「でも、一度だけ外に出て……」  言いかけてから、サミュエルは口をつぐんだ。 「外に出て、どこへ行った?」 「いや、なんでもない。私の見間違いだ」  サミュエルは首をふり、そのあと何も答えなくなった。物思いに沈んでいる。彼は事件に関して何か知っているような? 「……もういいだろうか? みんなのところへ戻らないと」 「ああ。どうぞ」  侯爵家の息子だというのに、やけに頼りない。風に吹かれれば倒れてしまいそうだ。  それでも客間に帰ろうとするのは、両親からよくよく、この縁談について強く言われているのだろう。彼の性格では命じられれば断ることはできないに違いない。  ということは、サミュエルにも動機はある。彼の家庭事情を聞いておけばよかった。どのていど、この結婚に対して切羽つまっているのか。  これで、ひととおり三人の性格はわかった。  今のところ、ジェロームがもっとも怪しい。彼について、もっと知りたい。  急いで客室へ帰ったが、そのときには、ジェロームの姿はなかった。いったい、どこへ行ったのか。 「ジェロームはどこへ?」とたずねても、ジョスリーヌも公爵も首をふる。  すると、公爵のひざに乗ったブリュノが答えた。 「ジェロームは毎日、この時間になると遠乗りするんだ。馬が大好きだからね」  馬、狩り、森のなか……。  しかも時間帯も、ちょうど殺人のあったころ。  ますます怪しい。
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