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起きた。
目覚ましを見たら、11時半過ぎだった。
遮光カーテンの隙間からこれでもかと陽光が差し込んでいて、きっと外では暖かな春の日差しをいっぱいに浴びて、休日を楽しんでいる人が大勢いるのだろう。それこそ、花見に行っている人もたくさんいるのだろう。
それに引き換え、私は。
土曜日は何もできない。
昼過ぎに起きて、何もする気が起きなくて、そのまま夕方になる。体もダルくて、熱があるような気さえする。日曜も似たようなもの。何もできない。違うのは午後から「明日はもう仕事だ…」って考え始めることくらい。
ふっ、と甘い香りが鼻をかすめた。
…そうだ。昨日、シフォンを焼いたんだった。
ゆっくりと体を起こして、ベッドから出る。お風呂には入れたものの結局洗い物は出来なくて、台所が昨日のままになっていた。
ローテーブルに、ポツンと佇むシフォン。
久しぶりの光景。
私は手を洗ってから、ひっくり返していたシフォンの型を元の向きに戻した。そして、ぎゅ、ぎゅ、と型の中でシフォンを底に向かって抑え込む。
これは、手外しという型外しの方法。
シフォンを潰して元に戻らなかったらどうしよう…という思いから、初めてやった時は恐る恐るしていたけど、今ではなんの躊躇いもなく出来る。
回りの型をまず外して、真ん中の筒を持って逆さまにすると、潰れていたシフォンはみるみるうちに元の高さまで戻っていった。
ほら、ベーキングパウダーを使わなくても、タマゴだけでこんなに力強く、フワフワに膨らむんだよ。タマゴってすごいんだよ。
あとは筒の型からも外してお皿に乗せれば、プレーンシフォンの出来上がり。
せっかく、作ったから。
久しぶりに紅茶でも入れて食べようか。
マグカップにティーパックを入れて、ケトルからお湯を注ぐ。じんわりと広がる琥珀色を眺めて、それからシフォンをカットする為のパン包丁を出した。
どれもこれも、全部久しぶりに見る。
紅茶も、パン包丁も、シフォンも。
フカフカのシフォンに包丁を入れて、食べられる分だけをカットした。
生クリームもジャムもない。
ただ、シフォンがそこにあるだけ。
フォークを出すのが面倒で、手で千切って食べる。
手で触れると、しゅわしゅわと消えてしまいそうで、淡雪のような生地を静かに口に運んだ。
「…おいしい。」
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