タマゴ

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**** 起きた。 目覚ましを見たら、11時半過ぎだった。 遮光カーテンの隙間からこれでもかと陽光が差し込んでいて、きっと外では暖かな春の日差しをいっぱいに浴びて、休日を楽しんでいる人が大勢いるのだろう。それこそ、花見に行っている人もたくさんいるのだろう。 それに引き換え、私は。 土曜日は何もできない。 昼過ぎに起きて、何もする気が起きなくて、そのまま夕方になる。体もダルくて、熱があるような気さえする。日曜も似たようなもの。何もできない。違うのは午後から「明日はもう仕事だ…」って考え始めることくらい。 ふっ、と甘い香りが鼻をかすめた。 …そうだ。昨日、シフォンを焼いたんだった。 ゆっくりと体を起こして、ベッドから出る。お風呂には入れたものの結局洗い物は出来なくて、台所が昨日のままになっていた。 ローテーブルに、ポツンと佇むシフォン。 久しぶりの光景。 私は手を洗ってから、ひっくり返していたシフォンの型を元の向きに戻した。そして、ぎゅ、ぎゅ、と型の中でシフォンを底に向かって抑え込む。 これは、手外しという型外しの方法。 シフォンを潰して元に戻らなかったらどうしよう…という思いから、初めてやった時は恐る恐るしていたけど、今ではなんの躊躇いもなく出来る。 回りの型をまず外して、真ん中の筒を持って逆さまにすると、潰れていたシフォンはみるみるうちに元の高さまで戻っていった。 ほら、ベーキングパウダーを使わなくても、タマゴだけでこんなに力強く、フワフワに膨らむんだよ。タマゴってすごいんだよ。 あとは筒の型からも外してお皿に乗せれば、プレーンシフォンの出来上がり。 せっかく、作ったから。 久しぶりに紅茶でも入れて食べようか。 マグカップにティーパックを入れて、ケトルからお湯を注ぐ。じんわりと広がる琥珀色を眺めて、それからシフォンをカットする為のパン包丁を出した。 どれもこれも、全部久しぶりに見る。 紅茶も、パン包丁も、シフォンも。 フカフカのシフォンに包丁を入れて、食べられる分だけをカットした。 生クリームもジャムもない。 ただ、シフォンがそこにあるだけ。 フォークを出すのが面倒で、手で千切って食べる。 手で触れると、しゅわしゅわと消えてしまいそうで、淡雪のような生地を静かに口に運んだ。 「…おいしい。」
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