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「サロメ、てめえ!!」
「おっと」
宵凪医師が大きな拳を握り締めたが、サロメとかいう女が牽制をかける。
「わたしに拳を向けていいのかしらあ? この子が、あっという間に全身から血を噴き出して、干物になっちゃうけど?」
また悲鳴が出かかったが、明らかに頸動脈に爪がかかっているので、何もできずに硬直する。いきなり迫った命の危機に、心臓がばくばく高鳴って止まらない。いや心臓止まったら死ぬわ。
「『闇王』さまに従わない、『穏健派』なんて偽善的な肩書きを掲げた弱虫さんたち。私たち夜の一族は、隠れて暮らすものではないのよ。ヴィクトリアより前の時代のように、堂々と」
「黙れ」
悦に入って饒舌に語っていたサロメを、冷たい一言がさえぎる。声の方を向いて、あたしはぎょっと目をみはってしまった。
クライブ青年が、ゆるりと立ち上がる。その表情は冷たく凍りつき、先ほどまでの頼りなさは一切存在しない。
まるで、夜に祝福された王のように毅然と佇んで、彼は片手を突き出す。ただそれだけの所作で、目に見えない圧倒的な冷気が駆け抜けて、サロメの「ギャッ!」という悲鳴とともに、あたしの首にかかっていた死の気配が消えた。
「去れ、旧き者」
鋭い歯を見せて、吸血鬼は艶然と笑う。
「時代に追いつけない者たちはいずれ滅びる。それを『闇王』にとくと伝えろ」
医者を呼んでください、とへろっへろになりながら懇願していたのが嘘のように、彼は冷え切った声と態度で言い切る。
「……覚えておいで!」
負け犬お約束の捨て台詞を吐いて、一陣の風と共に、サロメはその場から消え去った。
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