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岬の上の古びた灯台の扉が開かれた。あたりは静寂だった。叢には雫がいくらか溜まっていた。少女は慎重にそれらを踏み分け、扉を閉めた。少女は中学生くらいのみためをしていた。けれど、彼女の世界には中学校なんていう平和な概念は存在しなくなって久しいのでこの喩えが正確なものかは判別し難い。
少女は道なき道をゆっくりと下っていった。驟雨の残滓を憂わしげに振り払い、叢は身震いした。少女は俯いていた。足許は想像以上にぬかるんでいて、いつでも彼女を泥のなかに引き込もうと虎視眈々と眺めていた。それでも少女は歩いていた。童話に出てきそうな小さな籠を抱えながら。
少女の身長は低いわけではなかったが、同じくらいの年頃のこどもとくらべると痩躯にあたる体つきだった。胸も貧相だったし、腕には赤黒い染みが幾らかこびりついていた。それらはかつては見知らぬ来訪者だった。高熱を出して寝込んでいた彼女の腕に湧き上がって来たのだ。そして自らを小判鮫だと主張し、以後彼女の熱がさめた後もそこに耽溺していた。少女はその瘡のことを妖精かなにかだと想っていた。妖精たちは背中にびっしりと居をかまえていたが、貧相な彼女の胸や腹や顔には近づかなかった。犯しがたい静寂がそこにあったのだと想う。
背中や腕に痣がある以外はいたって普通の少女である。少し顔立ちは幼げではある。だが目鼻立ちは整っていたし、肩くらいまでで切りそろえられた髪は小麦色に美しく靡いていた。よく手入れされているのだろう。
少女は叢が踏み固められた人工的な道をなにも言わないで進んだ。人工的とはいったもののその道のつくりは粗雑で、凡そ人がみれば獣道だと言うだろう。だが彼女はその道が近代的に舗装されるのを嫌った。彼女の精にはこっちのほうがあっているのだろう。彼女の好みは虫や青臭い叢を嫌った年頃の女の子たちとは違った。
前言撤回。彼女に年頃の女の子などいない。
彼女は不安げに後ろの小屋を仰ぎみた。曙光が甘美な夏の朝の匂いを連れてくること以外めだった感触はない。少女は胸を撫で下ろし、叢が少なくなって泥が露わになったところを慎重に歩いた。彼女の灰色のスニーカーにチョコレートのように泥がコーティングされた。だが彼女は気にもとめなかった。彼女の重要は寧ろ胸のなかで嬰児のように抱き抱えられている籠にあった。少女は立ち止まって籠に泥が跳ね飛んでいないか念入りに確認した後、淫らな泥の道を進んだ。
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