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辺り一面草木の緑で覆われた景色。鳥や動物の鳴き声が聞こえる。
人工物は家や自動車くらいしか見られない。
そんな田舎の山奥に僕の家はぽつんと建っている。
山奥ではあるが、家の窓から街や海が見渡せる。この辺に住んでいる者からするとそんな景色は見飽きすぎて何とも思わないのだが。
今日も僕は窓から海をぼんやり眺めていた。
「海日和だなぁ。今日も行くか」
僕、山上コウタは平凡な高校生だ。休日になると決まって家から海まで下っていく。自転車で約1時間。手ぶらで海に行き、ただひたすら海を眺め、そして帰る。そんな休日を送っている。
僕は自転車にまたがりいつもの眺望スポットに着いた。
「誰もいないな」
辺りに人がいないことを確認すると、道の脇に自転車を停め海岸に設置してある消波ブロックに座りただぼんやり海を見つめる。見つめると言っても何か考え事をしたりしているわけではなく、放心状態に近い。何も考えず、きっと目の焦点はどこにも定まっていないのだろう。
ときどき波が強くなってふと我に返ることもあるがほとんどはただただぼんやりしている。
今日の波は朝からずっと穏やかだ。こんなに波がないのも珍しい。そう思っていた矢先、バシャンという音とともにこの周辺だけ波が荒くなった。
大自然がやっていることなんだから、たとえ好天に恵まれていても急に波だけが荒れるっていう日もあるよなと僕は思っていた。
するとそのとき、沖の方で何かが浮いているのが見えた。
「何だ?人?人が浮いている?」
「ばぶべべぶべー」
「溺れてるよな?」僕はおそらく人間であろうその人を助けようと服も脱がず咄嗟に海へ飛び込んだ。
近づいてみるとやはり人が溺れていた。何か浮くような物はないか探してみたら少し離れたところに腐った丸太があった。あれに掴まってもらおう。僕は丸太を取りにバシャバシャ泳いでいると大声で「もう大丈夫だ」と聞こえ、声の方を見てみるとさっきまで溺れていた人がぷかぷかと浮いていた。
「もう大丈夫だからこっちに来い」
僕は近づいてその人を見た。色黒で肩の辺りは筋骨隆々といった体格なのに童顔だ。年上か年下か、見た目では判断できない風貌だった。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。でも頭がクラクラするから今すぐ人工呼吸してくれ」
その人はぷかぷか浮きながら涼しい顔をしている。
「ここで?人工呼吸って仰向けになってやるんじゃないですか?しかも呼吸してるし苦しくなさそうだし」
「いや、もうすぐ呼吸が止まりそうなんだよ。自分のことだからなんかわかるんだよ。頼む。早く人工呼吸してくれ」
「え?えっと、わかりました。やりますよ」
僕は言われるがまま思い切り息を吸って、その人の唇に自分の唇を当てて強く息を吹き入れた。
「ううっ」
唸り声とともにその人の目は充血し始めた。
やり方を間違えたのかもしれない。僕は慌てて唇を離そうとした。するとその人は僕の頭を左手で押さえもう片方の手で身体を抱き寄せて、舌を僕の口の中に激しく入れてきて隈なく舐め回した。
あまりに不意のことで僕は抵抗できなかった。そんな僕をよそにその人は僕から唇を離して急に優しい口調で「お前、唇も最高かよ」と言った。
「唇も?最高?」
「今から賢者タイムに入るから」
「賢者タイム?どう言うことですか?」
「静かにしてくれ」そう言ってその人は海面に全身を浮かせた。全身を見ると、下半身だけが魚の尾ひれのようになっていた。
「え?人魚みたい」
「みたいじゃねーよ。バキバキ人魚だよ」
「本当ですか?」
「本当だよ。尾ひれがあるし鱗もついてるだろ」
その人は下半身の方を指差した。尾ひれは本物の魚のように優雅に揺れている。
「本当だ。人魚って本当にいるんですね」
「そんなことより、さっきお前海を見つめてたろ。あれ、水中の俺とずっと目が合ってて。なんか視線感じるなと思ったらお前が見つめてて。あの時のお前の無機質な目、俺のツボすぎてずっとお前に見つめられてたんだよ」
「僕はあなたを見つめてた意識は全くないんですけど」
「お前に見つめられてたから俺は逝ったんだよ」
「い、逝ったって何ですか?」
「何って、人魚に言わすなよ。わかるだろ」
「意味がわからない」
「それにしてもすごいよな。見つめられてるだけで逝っちゃうって。お前、何てエロい目してるんだよ。お前の目のせいで気を失って溺れちゃったんだぜ、俺。お前、目も唇も最高かよ」
「さらに意味がわからないです。大体、人魚って溺れるんですか?」
「そりゃあ、お前の最高な目で見つめられて気を失えば海では無抵抗よ。本当に危なかったぞ」
「とりあえず、無事なんですね」
「安心しろ。大丈夫だ。お前、名前は?」
「コウタ」
「コウタか。俺の名前はよしお。また海に来いよ。待ってるから。じゃあ俺は賢者タイムに入るわ」
そう言って人魚よしおは海に潜っていった。
気がつくと辺りの波は穏やかになっていた。
「人魚なのに名前がよしおって」僕は呟いた。
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