鎹 ⑥

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鎹 ⑥

個室に衝立てが運び込まれて簡易分娩室になる お店は、ランチタイムが終わりお客さんは各々の場所に帰る そんな用意をしている横で妊婦二人は唸り身悶え泣き叫ぶ もう、僕は見てられない 本当ならこの場から立ち去りたい 人が泣き叫ぶ姿は、どうしてもあの日を思い出す 当時は、欲しいモノを手にいれるのに必死に追い掛けていたが ふと、我に返れて見つめ直した時 あまりにも自分の精神的幼さや我が儘さが滲み出ていて 僕が一番消し去りたい出来事を思い出させる 僕は、綺麗なタオルの束を抱え込んでつっ立っていた 「柾君、大丈夫?」 久実ちゃんがポンと肩を叩く 「あ、うん…大丈夫」 「あれ見ると怖じ気付くよね、わかるよ」 苦笑いしか出なかった 「私は、亜紀斗生む時『もう辞めます。ココ降ります』って産科の先生に言ってた」 ちょっと吹き出しちゃった 「今、必死だからさ。迎えるのに。私達は、フォローに徹しよう」 欲しいモノ・獲たいモノは同じ人間の筈なのに 望まれるのと拒否をされる立場によって必死の意味が違うなとぼんやり思っていたら 「う"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"痛い!!痛い!!痛い~」 優里ちゃんが叫び出す 「優里ちゃん、大丈夫!?」 僕は、優里ちゃんの頭の方に近寄る 「痛い!!和臣まだ来ない!?」 無茶苦茶苛立ってる 「まだみたい。ごめんね、優里ちゃん」 僕は、優里ちゃんの手を取る 「あ"~~~くぅっ」 優里ちゃんが僕の手を物凄い力で握り返してきた ━痛い━ けど僕には、言えなかった あの日あの時の彼の痛みはこんなものじゃなかった筈 多機能レストルームの中で一人で生んだ新くんのママも そして今頑張ってる優里ちゃんも 僕には何も出来ないけど 皆がもたれ掛かれる宿り木みたいな存在になれたらいいなと最近思う 「お待たせしました!助産師さん連れて来ました!!」 扉が勢いよく開いた その声も姿も見覚え有りすぎる人 「慶太…何してるの?」 慶太が年配の助産師ってより産婆さんって感じの人をおんぶしている その後ろには良彬さんが大荷物をいくつも持っている 「婦長さんが慌ててたから理由(わけ)聞いたら産気付いたって言うから連れて来た」 産婆さんは、婦長さんの前の婦長さんで近所で助産所を開院してるんだって テキパキと準備しこちらを向き 「さ、もう大丈夫外で待ってくださいね」 と、関係者以外をこの場から出そうと一緒に来た看護師が言うので 「優里ちゃん、そろそろ和臣君来るから僕達外で待つ」 って言った瞬間 物凄い低い声で唸り出す お腹にかけてたタオルを上げ助産師さんが手で中を診る 「あ~もう頭出てるよ、もう少しだから。自分の楽な姿勢で生もうな」 そう言うと優里ちゃんは、僕の左腕をガッチリ掴み僕の胸元に背を付けた そして、本人は僕の右腕を掴んだつもりみたいだったが 慶太の右腕を掴んだ 慶太は、僕を包むように胡座をかいた 「いっっっ」 叫びそうになるが助産師さんに 「声出さずに踏ん張れ!!」 と、叱咤されずっと悪魔が地を這うようなうめき声を出していた 「優里ちゃん、もうちょっとだから!」 僕らは、応援しか出来ない 何度目かのうめき声が出た時 「息、はあはあして!」 優里ちゃんに言った筈なのに僕と慶太もはあはあしてる すると元気な泣き声が聞こえた ━生まれた━ 僕は、つい安堵の涙が出た 気が付くと助産師さんの隣に和臣君が居て 何か持たされている ……ハサミ? 「はい、お父さん。ココ、臍の緒切って」 和臣君が赤ちゃんと優里ちゃんを繋ぐ臍の緒を切るように指示されてる ━ジャキッ━ 「はい、お父さん、お母さん。今から三人家族だね。おめでとう」 僕も慶太も今までも、そしてこれからも絶対見れない光景を見て感動していた ようやく優里ちゃんの両腕が僕らから 離れ和臣君と赤ちゃんに行く 今回の宿り木の使命は終わった 「おかえり」 外に出ると久実ちゃん達が待っててくれた ━*━*━*━* こんにちは みおです 今回、柾と慶太が出産に立ち会う事になってしまう話になりました 本来ならご主人以外の男性が付き添うなんてあり得ないお話で 不快に思われた方沢山いらっしゃるかと思います すみません お話って事で許してください
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