最悪な一日  理想的な家族1-こころ

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「篠山さんを呼んでください」  月末締めの書類作成に没頭していた篠山こころは、その声にひやりと肩を震わせた。  まわりの同僚たちが、気の毒そうな視線をチラチラと送ってくる。  ここ数か月常連の社員だ。確かに、彼の書類の処理はこころの担当だが、何も彼女だけが担当なわけではない。担当の一人だと言うだけだ。  それなのに、彼はいつもこころを名指しで呼びつける。  同僚たちも、彼が面倒な社内クレーマーだと知っているから、申し訳なさそうな顔で振り返りながらも、こころを呼ぶ。 「篠山さーん」 「はい」  こころも観念して、立ち上がった。  相手の男はまさにもう臨戦態勢で、こころを待ち構えている。かっちりと撫でつけられた黒髪に、きりっとした眼鏡、外回りから戻ってきても乱れることのないスーツ。 「イケメンはイケメンなのよねぇ」と、女性社員からはため息混じりに評される。  イケメンだが、あの口うるささは頂けない、というのが総評であるらしかった。 「なんでしょう、月山さん」  なるべくニュートラルに聞こえるように、注意しながら応対すると、月山さんはさっと書類を広げた。 「この資料の、この部分、表現がいまいち分かりにくいです。あと、この数字とこの数字を入れるなら、こちらも追加した方がいいと思います」  書類に貼られた付箋の多さにげんなりしながら、こころはそれでも攻勢を試みた。 「でもこの表は、これでOKとそちらがおっしゃったんですよ」  こころの言葉に、月山さんは驚いたようにこころを見て、そのままの表情で頭を下げた。 「そうでしたか。それはすみませんでした。だけど、こちらの方が分かりやすいですよね?」
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