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「篠山さんを呼んでください」
月末締めの書類作成に没頭していた篠山こころは、その声にひやりと肩を震わせた。
まわりの同僚たちが、気の毒そうな視線をチラチラと送ってくる。
ここ数か月常連の社員だ。確かに、彼の書類の処理はこころの担当だが、何も彼女だけが担当なわけではない。担当の一人だと言うだけだ。
それなのに、彼はいつもこころを名指しで呼びつける。
同僚たちも、彼が面倒な社内クレーマーだと知っているから、申し訳なさそうな顔で振り返りながらも、こころを呼ぶ。
「篠山さーん」
「はい」
こころも観念して、立ち上がった。
相手の男はまさにもう臨戦態勢で、こころを待ち構えている。かっちりと撫でつけられた黒髪に、きりっとした眼鏡、外回りから戻ってきても乱れることのないスーツ。
「イケメンはイケメンなのよねぇ」と、女性社員からはため息混じりに評される。
イケメンだが、あの口うるささは頂けない、というのが総評であるらしかった。
「なんでしょう、月山さん」
なるべくニュートラルに聞こえるように、注意しながら応対すると、月山さんはさっと書類を広げた。
「この資料の、この部分、表現がいまいち分かりにくいです。あと、この数字とこの数字を入れるなら、こちらも追加した方がいいと思います」
書類に貼られた付箋の多さにげんなりしながら、こころはそれでも攻勢を試みた。
「でもこの表は、これでOKとそちらがおっしゃったんですよ」
こころの言葉に、月山さんは驚いたようにこころを見て、そのままの表情で頭を下げた。
「そうでしたか。それはすみませんでした。だけど、こちらの方が分かりやすいですよね?」
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