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第1章 あなたとの約束
「もう死んじゃおうかな」
空も雲も、青々とした桜の葉さえも赤く染める太陽を見下ろしながらそうつぶやくのはこれで何度目だろう。校舎の屋上から夕日を眺めるときだけが押しつぶされそうな周囲からのプレッシャーを忘れることができる。
「死にたいのか?」
聞いたことがある声にふりかえると物陰から誰かが歩いてきた。
「あなたはクラスの、森崎君?」
森崎君は私の隣まで来て景色を眺める。
クラスメイトの森崎駿人はクラスの中でもトップを争うのではないかという整った顔立ちをしていて、身長も高く絵に描いたようなイケメンだ。しかしながら、いわゆる不良であるためクラスメイトから怖がられておりいつも一人でいる。
「どうしてこんなところにいるの?」
私がそう聞くと少しだるそうに森崎君は答える。
「ここで6限の授業をさぼってたんだよ」
「そうなんだ」
少しの沈黙が流れた後森崎君が切り出した。
「さっきの独りごと、何か悩みでもあるのか」
「……」
「言いたくないなら無理には聞かねえよ」
私が言葉に詰まっていると森崎君がそう言う。その言葉から森崎君の気遣いが感じられた。
「ちょっとね、悩みごと」
「そっか、俺なんかでよかったら聞くぞ」
森崎君なら誰かに言いふらしたりしなさそうだし馬鹿にもされないだろうと思った私はその言葉に甘えることにした。
「もう、死んじゃおうかなって思ってね」
そう切り出す私を見つめながら森崎君は静かに聞いてくれる。
「私ね、昔から褒められたくていろいろ頑張ってきたんだ。勉強だったり、習い事だったり。それで、いい子だからって周りの大人たちから褒められたり、まじめだからってクラスのみんなから委員長に推薦してもらえたりしたんだ」
「確かに去年も今年も委員長やってるよな」
「うん、高校でも推薦してもらえたりするから。それでね、はじめはうれしかったんだ。みんなから頼られて、先生からも『矢野が委員長で助かる』なんて言ってもらえて。でもだんだんそれが重荷になってきちゃったんだ。委員長なんだからちゃんとしなきゃって。そう思い始めるとどんどん息苦しくなってね、死にたいなって思うようになったの」
「そっか、委員長にもいろいろあるんだな」
そんなこと言われても困るよねという私に森崎君は真顔のまま聞く。
「委員長は今幸せなのか?」
「え、んーと、幸せなのかな?」
考えてもいなかった質問にびっくりする。自分が今幸せなのかぱっとわからずあいまいな答えになってしまう。そんな私に森崎君は続ける。
「死にたいって思うときってほとんどの人はあんまり幸せじゃないときだと思うんだ。でも幸せじゃないときに死ぬってもったいなくないか?」
確かにそうだ、死にたいと思うときに幸せな人間んてかぞえきれるほどだろう。
「確かに幸せな時に死ねたら幸せな終わり方だろうけど、私は今死にたいんだよね」
「俺は委員長に今死んでほしくないんだよ、幸せになっても死にたかったら一緒に死んでやるから死ぬなら幸せになってからにしろよ」
死んでほしくないや一緒に死んでやるなんて言われるのは初めてで少しうれしくて頬が緩んでしまう。
「何笑ってんだよ」
「もうちょっとだけ生きてみようかなって思ってさ」
私がそう言うと森崎君は少し安心したようだ。
「じゃあ卒業式までに最高に幸せになろう、それでも死にたかったら一緒に死ぬ。約束な」
そういって森崎君は小指を差し出す。その小指に自分の小指を絡ませ歌う。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
「一人で死ぬなよ」
「死なないよ、針千本飲みたくないもん」
勝手に死ぬなという森崎君にそう答えて笑う。
そうして約束を交わした私たちは帰路につく。
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