第四話:しがない音楽家

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「やめてください! 奥には入らないでください! 帰ってください!!」  私は、冷たくも強い口調で言ったんだ。 カインと名乗る、目の前の男への言い知れぬ不快感に比例するかのように、お腹がシクシクしてくる。 くそっ!落ち着け!私の下腹部!  もちろん、目の前のカインには私の身体の事なんて関係ない。 カインは、私を目を細めて強く睨んでから、盛大にチッと舌打ちして、 「また来っからな~」  じゃばらカーテンに向けて、これ見よがしに大声を出して、どこかへと立ち去った。  なんて感じの悪いヤツ!!めちゃめちゃ不快だ!! ともかく、ともかくはこれで一難去りだけど……。   ……でも、それからはピタッとホマレのフルートの音色が止んだ。  気にしながらも、『どうしたの?』なんて聞くのは無粋なような気がした。 だって今、ホマレは演奏会前の自分自身と戦っているのだから。  私は、昨日届いたガラスペンとカラーインクをワンセットだけとんぼ玉の横に置き、 『店内にガラスペンあります』 そう書いた、小さめのポップスタンドを立てておいた。 こういうのも、本当はホマレの意見が欲しいところなんだけどね。 ……その日、ホマレは自分の部屋からは出てこなかった。夜ごはんも食べずだ。
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