- 1 - 影

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 タイムカードを押し、そこでようやくひと息つく。  澪の勤め先は、水道の配管・施工・修理全般を請け負う業務をしている。  小さな会社で、従業員も事務員を入れて八人しかいない。社名は小桐(おぎり)水工社(すいこうしゃ)と言う。  奥のデスクで発注書の確認をしている社長の小桐(おぎり)仁郎(じろう)に朝の挨拶をすると、はいはい、と返ってきた。  ノリとしては、社長というより気のいい近所のおっちゃんだ。  左側の壁側に設置してあるウォーターサーバーの水を汲んでいると、コップに口を付けるより前に、同期入社の伊東大輔が軽口を叩いてきた。 「よう、朝からお疲れ」  ニヤニヤと笑っていた。  別に悪意があるわけではない。あくまで気さくさの現れなのはわかっているので、澪も本気で腹を立てたりはしない。 「うるさいよ」  ただし、一応言い返してはおく。  男ばかりの現場でナメられるのが当たり前になると、色々と仕事がしにくくなるからだ。  伊東は叱られた子供のように、肩を竦め黙った。  それでようやく、澪は一気に水を飲んだ。ひりつくようだった咽喉が、かなりマシになった。  ……そうだった。  慌てふためいていたせいで気がそれてしまっていたが、自分は確か昨夜、嫌な夢にうなされて何度も目が覚めたのだ。寝坊もたぶんそのせいだろう。  しかし、内容は覚えていない。  ただひどい吐き気がしていたことだけは覚えている。その結果、咽喉がいがらっぽくなっていたのだ。  ようやく潤いを補えた。不思議なもので、肉体的にそうなるだけでも、感情の棘が薄れる気がした。
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