仲違い

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仲違い

 結局、一真に家まで送られたことについてヒカルからは何も言われなかった。もしかしたらヒカルは一真が未延と入れ替わったことに、気がつかなかったのかもしれない。  その件についてわざわざ弦から伝える必要もない。ヒカルが知らないならきっとそれは知らないほうがいいことなのではないか。 『来週の土日は? 暇ある?』  ヒカルからのメールだ。いつもならヒカルとデートするところだけど、アルバイトがあるから断らなくては。 『ごめんヒカル。予定があって今週は会えない』  てっきり『なんでだよ』と突っ込まれるかと思っていたのに、ヒカルは『わかった』と短い返事を返してきただけたった。  それでメールは終わり。それ以上、何も続かなかった。  なんだかさみしく思う。高校の時ならヒカルの姿は毎日見ることができた。  それがこんなメールひとつじゃよくわからない。ヒカルが怒っているのか、なんとも思っていないのか、ヒカルも弦と同じさみしさを感じてくれているのかどうかもわからない。  やっぱりこのままじゃダメだ。せっかくヒカルと恋人同士になれたのに。 『ヒカル』  弦が短いメールを送ると『何?』と同じく短い返事が返ってきた。 『もうすぐヒカルの誕生日だな』 『まだ一ヶ月も先の話だ』 『プレゼント楽しみにしててよ。ヒカルに喜んでもらえるようなもの、用意する』  あー! 自分でプレゼントのハードルを上げてしまったと思うが、自分に言い聞かせる意味も込めてヒカルに伝えておきたい。 『別にプレゼントなんて要らない。弦が俺の誕生日を覚えててくれて、その日に弦と会えるならそれだけでいい』 『そんなこと言うなよ。気に入ったらちゃんと受け取ってくれよな』  まぁ、ヒカルは金に困ることはないし、なんでも持っているだろうからな。  ヒカルへのプレゼントを用意するためにはお金が必要だ。節約だけじゃ足りない。ヒカルの誕生日に間に合うようにアルバイトを増やして、稼がなければ。  アルバイトを増やすと、ヒカルとのデートの時間が減ってしまうけれど、少しの辛抱だ。  世の中、なんでもお金が要る。恋人ができたってお金がないんじゃデートもままならない。  今日は一真とヒカルのプレゼントを買いにいく約束をした日だ。大学の講義が終わったあと、17時から会う約束をしていた。 「弦っ、ごめん、待った?!」  待ち合わせの場所に駆けてきたのは一真だ。大学の授業のあと、大学への書類提出に手間取って遅れてしまったらしい。 「ううん。大丈夫」 「いや大丈夫じゃない。ちゃんと埋め合わせさせてね。時間ないからとりあえずお店を見て回ろう!」  一真に肩を抱かれ、バシバシと叩かれる。一真は昔からスキンシップも多いし、とても距離感が近いタイプだ。 「これこれ、ヒカルが欲しがってたやつ」  一真に連れられて来た店で弦が見せられたものは、レザーのパスケースだ。  キャメル色で、弦にとってはめちゃくちゃ見覚えがある。と言うのもこれは弦が普段使っているものと全く同じデザインだ。  高校は自転車通学だったから、大学になり電車を使うようになった弦が、父親から贈られたパスケース。 「あいつ大学に電車で通ってるんだ。ヒカル専用の送迎車があるんだから使えばいいのに『普段は車じゃなくていい』って断って、なんのこだわりだよ」  ヒカルは高校のときも主に電車で通学していた。そこはヒカルなりの何かがあるのかもしれない。 「これをヒカルが、欲しがってたのか?」 「うん。物に執着がないヒカルが珍しく検索してたから後ろから堂々と覗いてやった」 「ヒカルが……」  このパスケースはきちんと作られた品物ではある。だが世間にはこれより高くて有名なブランド物もあるし、ヒカルがなんの変哲もないパスケースを欲しがるわけがない。多分弦が使っていたから同じものを欲しくなったのではないか。 「どうしたの弦?」 「え? いや、そうだね。これにしよう。これの黒、にしようかな……」  色違いくらいのほうが、弦とまったく同じよりもいいのかな、なんて思った。 「いいと思うよ。ヒカルには黒が似合いそうだもんな」  ヒカルはこんな庶民のアイテムを喜んでくれるのだろうか。でも他に何も思い浮かばないし、一真の話はきっと本当だろうから。
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