仲違い

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『弦。来週は会える?』  ドラッグストアでのアルバイトを終えて、スマホを確認したら、ヒカルから連絡がきていた。 『ごめん。土日バイトなんだ。人手足りなくて』  人手が足りないというのは嘘ではないのだが、弦自身がお金を稼ぎたいというのもある。ヒカルの誕生日までに、まとまったお金を稼ぎたかった。  目的はヒカルへの誕生日プレゼントだ。  以前、ヒカルが「一緒に暮らさないか」と誘ってくれた。弦はその誘いにのってみたいと思って父親に相談した。  ルームシェアの相手は高校時代の男の友人だと伝えた。まさか御曹司のヒカルで、さらに恋愛関係にあるとまでは父親に話をすることはできなかった。  すると父親は「やってみたいならいいんじゃないか」と認めてくれた。お金の話をしたら「少しなら援助してやる」とまで言ってくれた。  弦としては家にお金を入れていたのに、まさか援助までしてもらえるとは思わず、これならヒカルと同等にルームシェアして暮らせるかもしれないと希望が見えた。  それでヒカルの誕生日にその話をして、敷金礼金など初期費用のための貯金をしていると伝えようと考えていた。  形になるプレゼントは、一真と買いに行ったパスケース。  そして、形にはならないが、サプライズとしてヒカルにルームシェアしようと話を持ちかける算段だ。  ヒカルは何度も「一緒に暮らしたい」と誘ってきたから、それを弦が了承したら飛び上がって喜んでくれるかもしれない。勢い余って抱きついてくるかもしれない。  そんなヒカルの姿を思い浮かべるだけでアルバイトも頑張れた。単発の日雇いバイトまでこなした。 『わかった』  ヒカルからは、またもや短い返事のみ。  そういえばヒカルからの連絡頻度も少なくなっているような……。アルバイトを理由に弦の返信が遅いのも一因かもしれないが。 『再来週のヒカルの誕生日には会えるよ』  訊かれてもないのにヒカルにメールを送ってしまった。なんだか心がザワザワしたからた。 『楽しみにしてる』  よかった。ヒカルに嫌われたりはしていないようだ。  あと少し。  あと少し耐えればヒカルとの二人暮らしが叶うかもしれない。    ◆◆◆  今日はヒカルの誕生日だ。  弦は午前零時の日付が変わると同時にヒカルに電話をかけた。 「ヒカル、誕生日おめでとう」 『ああ。今日で十九になった。早いな。10代もあと一年で終わりだ』 「うん」  ヒカルと初めて出会ったときはまだ小学生だった。今はもうお互いすっかり大人だ。 『なぁ弦。今日の夜は会えるんだよな?』 「うん。会える」  昼間はお互いいつもの学生生活があるが、夜は予定を空けている。やっとヒカルに会える。 『ずっと弦に会いたかった』  電話越しでも、ヒカルの言葉が嬉しかった。最近ずっと会ってないせいか不安に思っていたから。 「俺も。早くヒカルに会いたい」  久しぶりの生ヒカルだ。電話やメールじゃ触れ合えない。ヒカルに直接会って、今日くらいはちょっとだけヒカルに甘えてみてもいいかな。  大学での講義を終えたあと、弦はヒカルの通う大学へと向かう。講義が終わったらヒカルが連絡をくれると言っていたが、少しでも早く会えたらと思ったからだ。  大学の正門前まで来てから戸惑う。ここで待っているとちょっと視線を感じるし、かと言って大学内に入るのも勇気が要る。やっぱり最寄駅付近のファーストフード店で待ってようかとまごまごしていたときだ。 「弦?」  正門から友人たちと出てきたのは一真だ。  ヒカルも優秀なら一真も優秀。この二人は同じトップクラスの大学に通っているんだった。 「こんなとこで弦に会うなんて!」  一真は笑顔で近づいてきた。 「もしかして、ヒカルを待ってるの?」 「えっ、まぁ……」 「だよね。今日あいつ朝から浮かれてたよ」 「ヒカルが?!」  ヒカルが浮かれている姿なんて想像できない。 「そう。ヒカルの野郎さ、朝から鼻歌歌ってやんの。俺、初めて聴いたかも」 「ヒカルが、鼻歌……」  フンフ~ン♪ と鼻歌を歌うヒカル。まったくもって想像つかない。 「ヒカル、もうすぐ来るんじゃないかな、あ、ほらっ噂をすれば」  スマホを弄りながらヒカルが正門をくぐって歩いている。  と、同時に弦のスマホが鳴った。タイミング的にヒカルからの『今終わった』の連絡かもしれない。  スマホから視線を外してヒカルが顔を上げたとき、目が合った。 「ヒカルっ……」  てっきり驚いて笑顔を向けてくれるかと思ったのに、ヒカルは無表情のままだった。なんの感情も表さないままこちらへ向かってくる。 「ヒカル、怒んなって。俺は何もしてない、ただここで偶然弦に会っただけ」  一真がぽんとヒカルの肩を叩くと、ヒカルはその手を即座に振り払った。 「怒ってない。一真も好きなときに弦と話せばいい」  一真はヒカルを「怒っている」と言っていたが、ヒカルの表情は無だ。弦にはヒカルが怒っているようには見えない。反対に喜んでいるようにも見えないが。 「こんな日に二人の邪魔はしないよ。じゃあね、弦! それ、ヒカルが気に入ってくれるといいね」  一真は弦が手にしていたプレゼント用の小さな紙袋を指して、さっさとその場を立ち去っていった。
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