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「なんでこんなところに弦がいるんだよ。終わったら連絡するって言ったじゃん」
「あの、ヒカルに少しでも早く会いたくて……」
「そうなんだ。別にここまでしてくれなくてもいい。俺が迎えにいくから」
ヒカルの顔を見上げても、ヒカルの表情からは何も感情が読み取れない。
ヒカルは今、何をどう思っている……?
ここに来たことを怒っている?
それとも、喜んでくれている?
なんとなくヒカルと並んで歩き出したが、二人の間に会話がない。
シーンとしたままの雰囲気がなんだか重苦しく感じるが、ヒカルに話しかけにくい。
なんだかヒカルが遠い人に感じる。
付き合う前の、冷酷王子ヒカルと一緒にいるみたいだ。
「なぁヒカル……」
「何?」
「俺は一真と話してもいいの?」
さっきのヒカルの言葉が気になって、ヒカルにそっと確認する。ヒカルはさっき一真に「好きなときに弦と話せ」と言っていたから。
「いいよ。勝手に話せよ」
ヒカルの声には感情がない。怒ってもいないし、優しさもない。
「それを認めないと弦は俺を捨てるんだろ。捨てられるくらいならまだそっちのほうがいい」
ヒカルにそう言われて気がついた。一真と話をさせろと言いだしたのは自分なのに、そのことでヒカルに我慢を押し付けるようなことになるのは不本意だと思った。
「ヒカル……」
ヒカルが遠くに行ってしまいそうで不安になり、弦は隣を歩くヒカルの小指に自分の小指を絡ませる。
その指をヒカルは避けた。
「外での接触は禁止だよな。弦はさっきから俺を試してるのか?」
どうしよう。ヒカルがわからない。しばらく会わないうちにヒカルのことがわからなくなってしまった。
「試してなんかない……」
ヒカルと久しぶりに会ったのに全然楽しくない。むしろヒカルが怖いくらいだ。
「弦はわかってると思うけど、俺は一真が大嫌いだ。ああいう善人ヅラしてる奴が一番ムカつくんだよ」
「えっ……」
ヒカルは一真が嫌いなのか?
……本当に?
「弦。一真には気をつけろよ。あいつ絶対に弦を俺から奪う気だ。仮にも俺は弟だぞ? 弟の恋人を狙うなんて頭おかしい」
違う。ヒカルは一真のことを嫌いになってしまったんだ。その原因はもしかしたら弦にあるではないか。
確かに二人は幼い頃から比べられて争ってきたように見られているかもしれない。
だが、弦の思い出の中の二人は仲がよかった。
十一歳のとき、山で遭難したときも二人は力を合わせて弦を助けてくれた。
高校のイベントに遊びに来た一真とヒカルはごく普通の兄弟として話していた。
間違いなく二人はこんなにいがみ合ったりしていなかった。
——俺のせいで、ヒカルと一真が……。
二人は血の繋がりのある兄弟だ。さらには家柄もよくて、大学を卒業してからもきっと家業を継ぐはずだ。そんな二人が弦ごときの問題で仲違いして手を取り合わないでどうするんだ?!
——どうしよう。どうしたら二人を仲直りさせられる……?
「弦。なんだよ聞いてたか? 俺の話」
「ごめん……なんだっけ……」
「だから一真に気をつけろって話だ」
「わ、わかった……」
気をつけろも何も、一真には既に二回目の告白をされてしまった。弦にはヒカルという恋人がいると知っていての告白だった。
弦が一真に告白されたことを知ったら、ヒカルはさらに一真を嫌いになるのではないか。そう思うとヒカルには話せなかった。
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