進めない

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進めない

4月になり、ヒカルと弦は大学生になった。  ヒカルは推薦でT大に進学。弦は上限MAXの奨学金を背負って中堅どころの私立大学になんとか一般入試で合格できた。  つまり、進学先が異なり、高校の頃は毎日のようにヒカルに会えたのに、大学生になってさすがに毎日会うとはいかなくなったのだ。  今日のデートも一週間ぶりだ。  相変わらずヒカルはかっこいい。駅の改札前で待っていたヒカルが弦を見つけて手を振るだけで、周りが「このイケメンはコイツを待っていたのか」という目で弦は注目されてしまう。  ヒカルと一緒にいるといつもそうだ。周囲からの視線をものすごく感じる。幼い頃からヒカルはずっとこの好奇な視線にさらされ続けてきたのだろうか。 「弦。会いたかった」  駆け寄ってきたヒカルはいきなり弦の身体に抱き締めた。それはほんの数秒で、すぐに解放されたのだが「え、あの二人距離感バグってない?」の視線を感じた。一週間ぶりとはいえ、急に抱き締めてくるなんてヒカルは本当にどうかしている。 「行こうか、弦。映画館はすぐそこだから」 「う、うん……」  ヒカルに笑顔を向けられてドキッとした。  ヒカルはあまり笑わない。いつも冷静沈着で感情は表に出さないタイプなのだが、付き合うようになってから、ヒカルは弦とふたりきりになるとよく笑う。  ヒカルに笑ってもらえるなんて光栄だし、なにより自分と一緒にいることを楽しいと思ってくれているのではと嬉しくなる。 「どうした? ボーッとして」  ヒカルに見惚れていたんだ、なんて言ったらきっと笑われる。弦は「なんでもないっ」と首を横に振ってヒカルの横に並んで歩き出した。  映画を見終わってすぐに弦はヒカルに詰め寄った。 「ヒカル! あれじゃ全然映画に集中出来ない!」  ヒカルは酷い。映画中、手は繋いでくるし、弦の肩に寄りかかり頭をのせてくるし、あまつさえ弦の頬にキスをした。 「だってすぐ隣に弦がいるんだ。無理。我慢できない」  おいおい、甘える子供みたいな顔をしても許さないぞ。 「ヒカル、もうちょっと場所をわきまえてよ……」 「ごめん。お詫びにメシ奢るから」 「いいよ、映画代もヒカル持ちじゃん」  ヒカルの家は超絶金持ちで、元々金に困る生活など送っていないのだろうが、ヒカルは高校卒業後からモデルのような仕事を始めた。  ヒカルの家の自社モデルから始まって、そこからオファーが集まるようになり、ヒカルが気に入った仕事だけ引き受けるようになったそうだ。  自分で稼げるようになったヒカルは、弦と過ごす際にかかるデート費用を全部出したがる。弦の家の困窮事情を知っているからかもしれないが、弦としてはヒカルと対等でいたいと思っている。 「いいんだよ、弦はもっと俺に甘えるべきだ」 「なんでだよ」  ヒカルとは男同士、そこに優劣なんておかしい。ヒカルに守られてばっかりじゃ嫌なのに。 「だってそのために俺はモデルを始めたんだから」 「ん……?」  どういうことだ……? 「親の脛かじりはしたくない。でも俺は弦と心置きなく遊ぶための金が欲しい。だから手っ取り早く稼げる方法でやりたくないこともやってる。そういう意味だ」 「ヒカル、モデルは嫌々やってるのか?!」 「そうだよ、仕事なんて大概そうだろ。金という対価が貰えるからやってる。俺は目立つのは嫌いだ。いずれは他のビジネスで稼げるようになりたい」  嘘だろ……。ヒカルは有り余る美貌の持ち主なんだからモデルは天職かと思っていた。 「だから弦は俺を頼ってよ。俺がなんのために人前に出るようなことをやってると思ってるんだ?」 「嫌ならやめろよ。俺はそんなことしてくれなくてもヒカルのそばにいるから」  別にヒカルが御曹司だから一緒にいるわけじゃない。ヒカルがかっこいいからでもない。  優しくて、いつも見守ってくれていて、人一倍、弦を愛してくれるヒカルのことを好きになっただけ。その人がたまたま御曹司で、超絶ビジュアルの持ち主だっただけだ。 「弦。それは俺への愛の告白?」  ヒカルはやけに嬉しそうな顔をして、弦の顔を覗き込んできた。 「ち、違うって!」  あぁ、もう! ヒカルのせいで調子が狂う。 「違わない。弦は俺のことが好きなんだ。そうだろ?」  しつこいなヒカルは! 違うって言ったのに……。 「嫌い……?」  ヒカルはまたひと目も憚らずに弦と手を繋ごうとする。弦が好きだと認めないとこのまま『人前で手繋ぎの刑』に処するつもりなのだろう。 「わかった。認めるっ。好きだよ、大好き。嫌いなわけない……」  弦が観念すると、ヒカルはニヤッと笑って手を離してくれた。  はぁ。本当にヒカルといると心臓に悪い。  男同士なのだから、人前で接触は控えて欲しいのに、ヒカルは容赦ない。弦を自分の恋人ということを隠す気はさらさらないようだ。  弦が人前でのイチャイチャを嫌がることをヒカルは知っているから最低限抑えてくれてはいるものの、いつもこんな調子だ。
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