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****side■板井
「んもっ、クソ可愛いんですよ!」
板井はダンッとカウンターに拳を打ち付け、ビールを煽った。
「板井君、今日はご機嫌なのね」
と、店のママ。
板井は自宅の最寄り駅の近くの行きつけのスナックにいた。こじんまりとしていて、常連ばかりのこの店は板井が今の職場に入社して以来よく通っている場所だ。
「美人さんなんだっけ? 今度連れていらっしゃいよ」
「美人で上司。仕事はできるし、人望もあるんですよ」
「フフフ。想いが通じて良かったわねえ」
職場では無口だと思われている板井だったが、酒が入ると饒舌になることもある。
「あら、板井君。スマホが鳴ってるわよ?」
カウンターに置かれた板井のスマホがブルブルと震えていた。画面を覗き込むと、どうやら同僚の塩田からのようだ。
「どうした? 塩田」
板井はスマホを耳にあて。
同僚の塩田という男は、一言でいうなら誰に対しても塩対応なイケメンである。見目は良いが愛想というものを知らない。我が道をひた歩き、どう見ても失礼極まりない奴なのに上司には気に入られ、挙句の果てにはクレーマーにも気に入られる不思議な同僚だ。
「はあ?」
塩田の発言はどんなフザケタ内容だと感じたとしても、彼にとっては真面目なのである。そんな彼は昨年から、副社長の皇とお付き合いをしていた。
別れの危機もあったようだが、その後仲良くやっているようで安心していたのだが。
『だから、下手くそすぎるんだが。どうしたらいい?』
「副社長って下手くそなのか……」
塩田は事前に副社長からあっちが下手だという申告は受けていたらしい。それでもいいと、最近やっと結ばれたようだ。しかし落ち着いてくると、やはり下手くそ過ぎてイケないらしい。
『がっかりさせたくない。ああ見えて繊細だし……』
「上手いこと誘導したらどうだ? ゆっくりしてとか……そこがいいとか」
塩田のことは同僚というよりは親友のように思ってはいるが、まさか夜の営みについて相談されるとは思っていなかった。
──電車の方が適役なんじゃないのか?
あいつモテるみたいだし。
確か、彼女もいたよなあ?
ん? タチじゃ参考にならないのか。
電車は板井たちにとってもう一人の同僚。金に近いベージュの髪をした、可愛らしい顔のムードメーカー的存在の男だ。
『そんなことが出来るくらいなら、相談してない』
塩田はどちらかというとコミュニケーションが苦手。確かに言う通りだなと思った。
「じゃあ、騎乗位でしてみたらどうだ。自分で動けよ。そしたら少しはマシになるんじゃないのか?」
『なんか怖いな。試してみるよ』
塩田は自分で考えて自分で行動するタイプだが、他人の助言を素直に受け取る一面も持っている。特に板井のことは信用しているらしく、人に相談しづらいことも平気で相談してくるのだ。
──まあ、塩田の場合は恥じらいとかなさそうだけれどな。
”助かった”と言って通話が切れる。
今日も副社長と一緒なのか? とぼんやり思った。塩田のマンションは会社から徒歩五分。忙しい副社長とて、そこまで近いならしょっちゅう家に寄ることが出来るだろう。そう思うと羨ましくなる。
──声が聴きたい。
電話したら迷惑だろうか?
唯野は会社から一駅隣に越したらしく、今までよりも帰りに一緒に居る時間が減った。いつものように別れたが、板井はもっと一緒に居たいと感じている。彼もそうならいいのにと。
「メッセしてみようかな……」
板井はじっとスマホの画面を見つめながらそう呟いたのだった。
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