5人が本棚に入れています
本棚に追加
****side■板井
「あなたと付き合えて、両想いになれて嬉しいと思っているのは、俺だけなんですか?」
「板井、何言って……」
青ざめ、慌てる唯野のスマホに手をのばすと、それを奪い取り耳にあてる。
「総括ですよね?」
板井が予想した電話の相手は二択。
総括黒岩か、副社長の皇。
何かの相談だったとしてもあんな切羽詰まった声で、涙を零しながら”会いたい”などと副社長の皇にいうはずはなかった。
仲が良いところを見たことはないが、どう考えても頼られているのは唯野の方。だとすれば、唯野にいつまでも執着している黒岩の可能性が高い。
「修二はあんたに渡さない。諦めてください」
相手の返事も待たずに板井は通話を切る。画面を見やれば、予想通り黒岩であった。
「板井、誤解だ」
縋りつくように、板井のシャツを掴む彼。
しかし板井は冷静ではいられなかった。
「部屋、何処なんです? 行っても良いですよね? 恋人なんだから」
唯野の腕を掴みエントランスに向かって歩き出そうとし、板井は彼の手の中で車のキーが揺れたのを見過ごすことができなかったのである。
「今から会いに行くつもりだったんですか? あの人に」
「違う」
彼から香るシャンプーの匂い。
もし今ここに自分がいなければ、彼が黒岩に会いに行っていたかもしれないと思うと、嫉妬で気が狂いそうだ。
話を聞いてもらえないと思ったのか、彼は従順に板井に従うとエレベーターの箱に乗り込み、自宅のマンションがある階のボタンを力なく押した。
その瞳はまるで絶望の色にみえる。
「邪魔しましたか? 俺」
俯く彼に静かに問う。彼はただ小さく首を横に振っただけであった。
こんな顔をさせたいわけではなかったのに、どうして冷静になれないのだろうか。
やがて彼の自宅のある階に着くと、唯野は唇を噛みしめ先に降りた。
優しくできない自分に苛立つ。酔いなどとうに冷めていた。
「入れよ」
ドアを開け目を伏せた唯野を、板井は強引に中に連れ込むと強く抱きしめる。誰にも渡したくなんかない。ましてや、黒岩なんかには。
「好きですよ。あなたのことが。気が変になりそうなくらい」
耳元で想いを告げ、その首筋に唇を寄せる。
だが、彼は何も言わなかった。そのことが板井を不安にさせる。
「抱いてもいいですよね?」
有無を言わせないと強い語調で彼に問う板井。唯野は驚いたように板井を見上げた。
だがすぐに、
「それでお前の気が済むなら、好きにすればいい」
と言い放ち、俯いてしまう。
その態度に板井は更に怒りを覚えた。板井は靴を脱ぎ玄関に上がり込むと、既に靴を脱いでいた彼を腕に抱きあげる。
「おま……」
さすがにその行動には動揺を隠せない唯野。
「ベッドルームはどこです?」
「そこの……」
彼の指さした部屋に入ると、必要以上のもののない綺麗な部屋だった。掃除が行き届いているせいもあるが、生活感があまり感じられない。
そっとベッドの上に彼を下ろすと、少し冷静さを取り戻した板井は、
「あの人もここへ来たんですか?」
と周りを見ながら問いかけた。
けれども、
「お前が俺の話を聞く気がないなら、何も答えない」
と、ぴしゃりと言われてしまう。
唯野らしからぬ言葉だ。いや、むしろ今まで板井が、彼に怒られるようなことをしたことがなかっただけに過ぎない。
「すみません。あの人に嫉妬しました」
「え?」
何故かその言葉に彼が驚いて、こちらを見た。
「誰にも盗られたくない。頭がおかしくなりそうなほど、好きなんですよ。あなたのことが。分かりませんか?」
板井の言葉に、唯野が見る間に真っ赤になる。
「は?」
それは思わず漏れた、板井の驚きの声。
唯野の反応の意味が分からず、困った顔をしていると、
「俺も、好きだよ」
と唯野は頬を染めたまま、小さく微笑んだのだった。
最初のコメントを投稿しよう!