3『進展しない二人に』

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****side■板井 「あなたと付き合えて、両想いになれて嬉しいと思っているのは、俺だけなんですか?」 「板井、何言って……」  青ざめ、慌てる唯野のスマホに手をのばすと、それを奪い取り耳にあてる。 「総括ですよね?」  板井が予想した電話の相手は二択。  総括黒岩か、副社長の皇。   何かの相談だったとしてもあんな切羽詰まった声で、涙を零しながら”会いたい”などと副社長の皇にいうはずはなかった。  仲が良いところを見たことはないが、どう考えても頼られているのは唯野の方。だとすれば、唯野にいつまでも執着している黒岩の可能性が高い。 「修二はあんたに渡さない。諦めてください」  相手の返事も待たずに板井は通話を切る。画面を見やれば、予想通り黒岩であった。 「板井、誤解だ」  縋りつくように、板井のシャツを掴む彼。  しかし板井は冷静ではいられなかった。 「部屋、何処なんです? 行っても良いですよね? 恋人なんだから」  唯野の腕を掴みエントランスに向かって歩き出そうとし、板井は彼の手の中で車のキーが揺れたのを見過ごすことができなかったのである。 「今から会いに行くつもりだったんですか? あの人に」 「違う」  彼から香るシャンプーの匂い。  もし今ここに自分がいなければ、彼が黒岩に会いに行っていたかもしれないと思うと、嫉妬で気が狂いそうだ。  話を聞いてもらえないと思ったのか、彼は従順に板井に従うとエレベーターの箱に乗り込み、自宅のマンションがある階のボタンを力なく押した。  その瞳はまるで絶望の色にみえる。 「邪魔しましたか? 俺」  俯く彼に静かに問う。彼はただ小さく首を横に振っただけであった。  こんな顔をさせたいわけではなかったのに、どうして冷静になれないのだろうか。  やがて彼の自宅のある階に着くと、唯野は唇を噛みしめ先に降りた。  優しくできない自分に苛立つ。酔いなどとうに冷めていた。 「入れよ」  ドアを開け目を伏せた唯野を、板井は強引に中に連れ込むと強く抱きしめる。誰にも渡したくなんかない。ましてや、黒岩なんかには。 「好きですよ。あなたのことが。気が変になりそうなくらい」  耳元で想いを告げ、その首筋に唇を寄せる。  だが、彼は何も言わなかった。そのことが板井を不安にさせる。 「抱いてもいいですよね?」  有無を言わせないと強い語調で彼に問う板井。唯野は驚いたように板井を見上げた。  だがすぐに、 「それでお前の気が済むなら、好きにすればいい」 と言い放ち、俯いてしまう。  その態度に板井は更に怒りを覚えた。板井は靴を脱ぎ玄関に上がり込むと、既に靴を脱いでいた彼を腕に抱きあげる。 「おま……」  さすがにその行動には動揺を隠せない唯野。 「ベッドルームはどこです?」 「そこの……」    彼の指さした部屋に入ると、必要以上のもののない綺麗な部屋だった。掃除が行き届いているせいもあるが、生活感があまり感じられない。  そっとベッドの上に彼を下ろすと、少し冷静さを取り戻した板井は、 「あの人もここへ来たんですか?」 と周りを見ながら問いかけた。  けれども、 「お前が俺の話を聞く気がないなら、何も答えない」 と、ぴしゃりと言われてしまう。  唯野らしからぬ言葉だ。いや、むしろ今まで板井が、彼に怒られるようなことをしたことがなかっただけに過ぎない。 「すみません。あの人に嫉妬しました」 「え?」  何故かその言葉に彼が驚いて、こちらを見た。 「誰にも盗られたくない。頭がおかしくなりそうなほど、好きなんですよ。あなたのことが。分かりませんか?」  板井の言葉に、唯野が見る間に真っ赤になる。 「は?」  それは思わず漏れた、板井の驚きの声。  唯野の反応の意味が分からず、困った顔をしていると、 「俺も、好きだよ」 と唯野は頬を染めたまま、小さく微笑んだのだった。
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