6『返り討ちに』

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****side■唯野(課長) 「なんだ、一人か? 珍しいな」  唯野が昼休みに一人で苦情係に残っているとカウンターの向こう側から声をかけられた。総括の黒岩だ。 「お前ね、あからさまに嫌な顔するなよ」  顔に出てしまっていたのだろうか。目が合うなりそんなことを言われる。 「気のせいじゃないのか?」  唯野は呆れ顔でそう返すと頬杖をつきPCモニターをぼんやりと見つめた。  黒岩はカウンターに寄りかかり不思議そうにこちらの様子をうかがっていたが、それ以上何も言う気がないと思ったのか諦めてカウンターのこちら側に入ってくる。 「板井もいると思っていたんだがな」  白いビニール袋からカップを取り出して一つを唯野に差し出す彼。 「ありがと」 「差し入れ。人数分買ってきたら冷蔵庫に入れておくな」 「ああ」  これは大して珍しいことでもないのだが、わざわざ板井がいると思って来たことに違和感を持った。  給湯室に向かった黒岩を追いかけて立とうとしてやめる。  以前もタイミング悪く板井に誤解をさせたのだ。死角になるところで二人きりは良くない。 「綺麗だな、ここの課の冷蔵庫は」  袋を畳みながら給湯室から再び顔を出した黒岩。  そのままゴミ箱へ捨ててしまうのかと思ったらポケットにしまったのが意外だった。 「板井がいつも綺麗にしておいてくれるからな」  相変わらずPCモニターに目を向けたまま答えれば、彼は隣の回転イスに腰を下ろした。 「他の課は清掃はされてはいるが、ごちゃっとしてるな」 「性格もあるんじゃないのか? しかもうちの課は人数も少ないし」 「まあ、それは否定できない」  黒岩は背もたれに腕をかけて、もう片方の手でカップを持ちストローに口をつける。”お前も飲めば?”と言いながら。 「こうしていると営業部時代の時みたいだな」 と彼。 「ん、どうかな」  何処の課にいても変わらないだろう? と言う視線を向けながらストローをカップに挿す唯野。 「なあ、唯野」 「なんだ」  相変わらずいい声をしてるなと思いながら。 「嫁さんのこと、ちゃんと愛してたのか?」 「……は?」  離婚した人間に何を言うのか。気は確かか? と言いそうになり黙る。黒岩が真面目な顔をしてこちらを見ていたからだ。 「何故そんなことが知りたい」 「俺は納得していないからだ。結婚したことも、離婚したことも」  ”そもそも……”と彼は続ける。 「唯野が彼女と恋愛していたことが信じられない」  板井がいない今はある意味チャンスなのかもしれない。  あれから十七年が経つのだ。いつまで引きづればいいのか。  その疑問を晴らせばこれ以上詮索されないだろうとも思う。 「黒岩は何故そう思うんだ?」 「何故って……本気で聞いてるのか?」  聞き返され、どういう意味だと首を傾げる唯野。 「とぼけているのか、はぐらかすつもりなのかわからないが。あの時唯野は『今は仕事に専念したい。職場に慣れたい』と言ったんだぞ」  それは黒岩に交際を申し込まれた時の返事だろうか。  確かにそう言った記憶はあるが、そんな前のことをよく覚えているなと思った。 「真面目な唯野が適当なことを言ったとは思えない。つき合っている相手がいたならそう言うはずだ」 「そうだな」  チラリと時計を確認する。  板井は用があると言って席を外した。  塩田たちはいつも十二時半には戻ってくる。今日もきっとその時刻には戻るはずだ。 「それで、何が知りたいんだ?」 「真実だよ」  彼の言う真実が何を指しているのか明確でない限り、唯野には答えられない。言わずともいい、知られたくない過去まで口にする気はないからだ。 「黒岩が知りたい真実ってなんだよ」  とぼけているつもりはない。もっと明確に何を指しているのか知りたいだけだ。 「俺が知りたいのは……」  黒岩は何故か言いかけてやめると椅子から立ち上がる。”後でメッセする”と素早く耳打ちをして。  唯野はそんな彼を不思議そうに見上げたのだった。
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