1『変化する日常と想い』

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****side■唯野(課長)  ため息をつきながら苦情係へ向かうと、商品部の入り口で板井と再び出くわした。 「どうかしましたか?」 と、彼。  手には他部署からのファイルを抱えてる。データが全てPCで共有はできるが、紙には紙の良さと役割があった。 「板井か」  唯野は彼を見上げ、微笑んで見せる。なんでもないよと言うように。しかしそれが通用しないことも分かっていた。 「そんな浮かない顔をして、何もないとか言いませんよね?」  苦情係が稼働し始めて数か月。  初めの頃は彼が不愛想で真面目な青年だと思っていた。だが毎日一緒に仕事をするうちに、彼への印象は変わった。 「板井は、なんでもお見通しなんだな」  そう言って唯野が肩を竦めると、板井は驚いた表情をする。それが唯野にとっては意外だった。 「総括から何か言われたんですか?」 「うーん。呑み行こうと誘われた」  板井の質問に答えながら、商品部のドアを開ける唯野。苦情係は商品部の奥にあるため、商品部を通り抜けなければならない。 「は?」 「うん?」  唯野の言葉に眉を寄せる彼に、”どうした?”と言うように視線を向けると、 「それでどうして浮かない顔をしてるんです?」  ”総括と仲良かったですよね?”と続ける板井。 「悪くはないよ」  唯野は最後に黒岩総括と呑みに行った時のことを思い出し、ぎゅっと拳を握り締める。板井は何か言いたそうにしていたが、苦情係に着いてしまった為、その話はそこまでとなった。 『やめろって……』  呑みに行ったあの日のことを翌日、黒岩は覚えてはいなかった。 『別に減るもんじゃないし、いいだろ?』 『バカ言うな、結婚してるんだぞ? 自覚を持てよ』  唯野が彼を睨みつけようとすると、そのまま後ろから抱きしめられた。 『なあ、唯野。なんであの時、すぐ結婚したんだよ』 『……!』  確かに不自然な結婚ではあった。しかし当時、疑ってくるような人物はおらず、二人は熱愛関係にあったとまことしやかに噂され、カタがついたはずだ。 ──黒岩は自分がした質問も、俺に何をしようとしたかも一切覚えていなかった。あの時は一旦安心したが、後から考えると”黒岩はずっと疑問に思っていた”と言う事実に気づく。 「課長?」  考え事をしながらPCモニターに向かっていると、隣の席の板井に声をかけられ、唯野はそちらに視線を向ける。 「そこ、間違ってますけど」 と板井。  唯野は再びモニターに視線を戻す。 「ああ。そうだな」 「課長」  目を泳がす唯野の手に板井が手を添える。 「そんなに嫌なら、断ればいいのではないですか?」  ”口実が必要なら”と彼は続けて。 「俺と呑みに行く約束をしていたことにすればいいですよ」 「ありがとう」 ──何故、板井はいつも……。  ここ数か月で彼に助けられたことは一度や二度ではない。そうして一年後には、すっかり彼に好意を寄せている自分がいたのだった。
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