5人が本棚に入れています
本棚に追加
****side■唯野(課長)
板井から告白を受けてから二週間が経った。
その間、帰りの列車は一緒だったし、帰りに呑みに言ったりもした。それなのに、返事をすることができずにいる。
──なんで俺はこんなに臆病なんだろう。
もし、板井が返事を催促してくれたなら……。そんな他力本願ではいけないこともわかっている。
むしろ催促できなくしてしまったのは、自分なのに。
──板井の仕事の邪魔はしたくなかった。俺は上司なんだし……。
昼休み。
部下たちが外に出てしまったので一人きり。もちろん、誘われもしたが食欲がなく断ったのだ。
「まさか、板井も出ていってしまうなんて……」
帰りは一緒なのだから、チャンスはある。しかし、いつだって側に居ようとする彼がいないことが不安でたまらない。
いつまで経っても返事をしないから諦めてしまったのかもしれない。
忘れられないあの日のキス。
あの体温。
唯野は、自分自身をぎゅっと抱きしめると、俯向いた。
──どうしたらいい?
俯向いた瞳から、ポロリと涙が転げ落ちる。一度チャンスを失うと、こんなにも難しいことなのだろうか?
「課長?」
不意に心配そうな声。声のしたほうを見上げると、傍らに立った板井が唯野の座る回転椅子の背もたれに手をかけ、こちらを見下ろしていた。
「外に行ったんじゃ?」
唯野は目に涙を溜めたまま、そう言って板井を見つめた。彼の空いた手が、唯野の目元に伸びる。
「下のコンビニに行っただけです」
それよりも、と彼は続けて。
「どうして泣いてるんです?」
唯野はなんと答えたら良いのか分からず、瞳を揺らし黙って彼を見上げていた。
返答のない唯野に呆れたのか、板井は深いため息を漏らす。
そして、
「こんなこと、言いたくありませんが」
と前置きをして、唯野の耳元に唇を寄せる。
唯野はどきりとした。
「自惚れそうですよ」
「え?」
何か怒られるのだろうと思っていた唯野にとっては、意外な言葉。
驚く唯野の唇に押しあてられたのは、彼の唇。板井の胸を押しのけようとしたが、その手を掴まれ封じられてしまった。
──ここ、会社なんだが……。
ドキドキする唯野のことはお構いなしなのか、舌を求められる。おずおずとそれに応えれば、満足したのか離れていく。唯野は名残り惜しそうに、板井の唇を見つめていた。
「毎日何か言いたそうに俺を見つめるのは、やめて下さい。自惚れちゃうから」
と、困ったように笑う板井。
「もっと凄いことだってしたいと思ってるんですよ?」
「いいよ」
──板井になら、何されたって構わない。
即答した唯野に、板井は再びため息をついた。
「なら、その前に返事をください。キスしておいて、なんですが」
言って彼は唯野の隣の椅子を引いて、腰掛けた。
視線を合わせるように少しかがんで。
「俺とおつき合いしましょう?」
「うん」
「うん……て。はぁ。もう、可愛い」
眉を寄せ困った表情をする板井に唯野は抱きしめられた。
──ここ、会社なんだが……困ったな。
そう思いながらも唯野は、彼の背中に腕を回したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!