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問題の生物教師は、ひょろりとした細身の体格と、人受けのする顔立ちの男だった。
その色白の顔で困った顔をし、誘われたのだと言えば、保護者の母親の数人は気持ちを傾ける。
それと分かった上でやっている仕草だと、刑事である高野は知っているが、秘かに苦笑してしまっていた。
「この辺りでは見ない、いい男ですもの、年頃の女の子がついつい、好意を寄せても仕方ないかもしれないですわね」
などと言い出して、同意する保護者も出始めた時は、爆笑しそうになった。
被害者である女子生徒は、顔を俯かせたままだが、感情を必死に押し殺しているのが見て取れる。
怒っているのか泣いているのかは知らないが、傍についている担任教師の意に従い、何も言わずに自分の保護者が来るのを待っていた。
そう、あの保護者が来た時が、見ものだった。
廊下で盗み聞きしていた生徒が、まずその保護者に気付いて、悲鳴を上げた。
どたばたと騒がしい廊下に目を向けると、無感情な声がかかり、傍の教師がドアを開ける。
視聴覚室を空け、そこで緊急の会議を開いていた面々は、女子生徒の兄と名乗った若者を見つめ、絶句した。
短く名乗って頭を下げる若者は、生物教師がかすんで見える程の、所謂いい男、だった。
短い薄色の金髪と、透き通るような白い肌。
完璧な顔立ちの眼下に嵌まった黒々とした瞳が、室内を見回した。
知ってはいたが、久し振りに見るその姿に見惚れている高野氏を見止め、若者は口を開いた。
「ご無沙汰しています。こういう事態で顔を合わせる事になるとは、申し訳ない」
「いやいや、お元気そうで、何よりです」
実は、偶々非番だった高野は、こんな時ながらもこの若者に会えるという理由だけで、女房からこの役をもぎ取って来たのだ。
上司の嫌味も、女房の怒りもこれで耐えられると感動している男に、若者は無感情に尋ねた。
「で、被害に遭った教師は? 見当たらないと言う事は、病院送りですか?」
女子生徒が、弾かれるように顔を上げた。
大人しいと言われている少女の反応の鋭さに、担任教師が少しだけ目を剝く。
「誰も、怪我なんかさせてませんっ」
「暴行沙汰だと、聞いたけど?」
「確かに言いましたが、妹さんがやったのではなく……」
担任の教師が思わず弁明するのを、生物教師が遮った。
「いや、あれは暴力と変わらなかった。私が生徒に手荒に出来ないのと良い事に、色目を使って言い寄って来たんですっ」
女子生徒と担任教師が揃って睨んだが、男は鼻で笑って若者を見た。
人好きのする笑顔を向けながら、困ったように首を傾げる。
「私も、事を大きくしたくないんですが、大袈裟に声を上げられてしまっては……」
「イロメ……」
目を合わせた若者の方も首を傾げたのを見て、男はつい見惚れてしまい、言葉を切ってしまった。
妙な沈黙が走ったのを機に、それまで口を挟まなかった理事長が、ようやく口を開く。
「お忙しい中お呼び出しして、申し訳ありません。どうか、その席にお座りください」
立ち上がって若者に席を勧めながら、高野の方へと目配せする。
その目が楽し気に緩んでいるのを見て取り、公務員と曖昧な職業を公表している男も、ついつい笑みを返してしまった。
完全にその場の空気が、若者によって覆された。
その空気に乗って、理事長は淡々と事情を話し始めた。
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