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第三者の目線から見た、この騒動の一部始終と共に、被害者である女子生徒の言い分の裏付けの証言も付け加えると、生物教師は大袈裟に首を振った。
「……その証言を元に、危害を加えたと思われるその教師に、事情を聞いていたのですが、貶められたのだと主張されまして、少しばかり複雑な話になってしまっております」
「貶められた? それが、イロメ云々の話となるんですか」
「はい、そう言う事です」
女子生徒の隣に座った若者は、天井を仰いで考える。
「イロメ……色目、って言葉しか、思い浮かばないんですが、人に対しても使える物でしたか?」
あ、そこからか。
妙にその単語を言う時だけ、片言になると思っていたが、どうやら配色の方の色目と、今回呼び出された事案がかみ合わずにいたようだ。
「えー、どこまで御存じなのか、判断しづらいのですが、この色目と言うのは、相手に好意を持って目を向ける、そんな意味合いです」
学園長が呆れたように、それでも丁寧に説明すると、若者は目を瞬いて妹を見た。
「好意? お前、あの人の事が好きなのか? 葵さんじゃなく?」
「違いますっ。全っ然好きじゃないっ。私が葵さん一筋だって、知ってるでしょうっ? 疑うなんて、酷いっ」
悔しい気持ちが我慢できなくなったのか、女子生徒は涙を浮かべて若者の腕をポカポカと叩く。
「でも、人の心って移り気だって聞いたことがある。好みの人じゃなくても、惚れたら、見目もよく見えるというじゃないか」
「惚れてないですっっ」
どこまでも他人事の口調で言う若者に、少女はむきになって言い返している。
そう言う話は家でやって欲しいと思いつつも、こういう馴れ合いが出来る方だったのかと、高野はついつい見守ってしまっている。
「……人の心の機微は御存知なのになぜ、色目は知らなかったんですか……」
学園長がつい呟くが、何となくその事情には、心当たりがあったようだ。
高野も理事長も、その事情に心当たりがある。
理事長の祖父が、若者の下にいた。
学園長の祖父夫婦も、若者とは知り合いだった。
高野の父は、随分前に亡くなったが、若者の兄貴分と友人関係で、その友人が教えられない事を、面白半分で若者に教えていたきらいがあると、母から聞いていた。
それが今になって祟るとはと三人は内心嘆くが、話を戻すべく問題の生物教師へと水を向けた。
「あなたは貶められたのだとおっしゃるが、どう言う手順で問題の事態に至ったのか、もう一度お話願えますか?」
静かに理事長が尋ねると、男は勢い込んで話し出した。
「私が生物室で用事を済ませて、変える支度をしていた所、この女子生徒がノックをして入って来たんです」
「用事を申し付けられていたと、証言があったのですが?」
「ですから、それこそその生徒の勘違いですよっ。申し付けなくても、手伝ってくれる生徒の一人や二人、私にはいます」
女子生徒が鋭く睨み、担任教師が天井を仰ぐのにも構わず、男は笑顔のまま続けた。
「何か用かと尋ねましたら、突然近づいて、抱き着いて来たんですっ」
「……証言した生徒は、この女子生徒を、嫌な目つきで見ていたあなたが呼び出したので、心配して生物室の前で伺っていたら、悲鳴が上がってすぐに女子生徒が転げ出て来たと、そう証言していますが」
「ですから、私がつい声を上げたら、その生徒が転がるように出て行ったんですっ」
そうして、自分に襲われたのだと、廊下にいた生徒に訴えていたと、男は悔しそうに言った。
「私が靡かないものだから、この学校にいられぬように、陥れようとしているんですっ」
その証言は、色々と矛盾しているのだが、保護者の女が目を細めて女子生徒を見た。
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