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その目から逃れるように顔を伏せた少女に、鼻を鳴らして頷き、女が言う。
「これで、思い通りにならない事もあると、分かった?」
「……どういう意味でしょうか?」
担任が代わりに問いかける。
笑みを浮かべてやんわりと問う女の教師に、保護者を代表した女が笑い返しながら答えた。
「お兄さんの陰に隠れていて、ちやほやされ過ぎてたから、自分の見目に自信があったのでしょう? だから、気に入った教師が逃げるのが、気に入らなかったんじゃないのかしら?」
僅かに首を傾げる若者を一瞥し、女子生徒に真っすぐ続けた。
「子供の癇癪の為に、大の大人の今後を不幸にするのは、感心しないわね」
「そんな証もない言い分で、子供の身の安全を、疎かにしろとおっしゃいますか?」
女教師の笑顔が、引き攣っている。
生徒を気にして言わなかったことを、この時言う決意をしたようだ。
「理事長、まだはっきりとした事実確認が成されていませんでしたので、報告していませんでしたが、今報告いたします。私はこの一年の内に数度、三年の女子生徒に相談を受けました」
相手は、この少女のように、手伝いの指名を受けたら断れないような、大人しい気弱な生徒たちだった。
「さほど多くない授業の材料を運ばされ、何気ない素振りで何度か体に触れられたと、青ざめた顔で訴えられました」
三年の教師の中に女教師が一人しかいなかったこともあって、この教師に相談が集中していたが、裏付けが出来ずに報告を躊躇っていた。
「その事は、話には聞いている。教頭に相談という形で、話してくれていたな」
「はい」
理事長も学園長も、苦い顔だ。
女である教頭から話を聞いてはいたが、男であるこの二人は、その現場を確認できずにここまで来ていた。
被害に遭った生徒が増えて行っているのに、ここまで大きく騒動にしなければ、問題発起すらできないとは、情けない話だ。
そんな二人を見て、生物教師が大袈裟に首を振った。
「理事長、それは誤解です」
「どう誤解だと言うのかね? その女子生徒は、何もなかったのだから、そっとしておいてほしいと訴えていたのに、あなたが、こんな大事にしてしまったんだろう?」
「あのままでは、私が、その生徒を襲ったと、あらぬ疑いを持ったまま、教師を続けないといけなくなります」
真剣な言葉に、半分ほどの保護者は飲み込まれている。
「ですから、そちらの先生に相談したという生徒と、いつも手伝ってもらっている他の学年の生徒も、証人として呼んでいただきたい」
随分強気だなと、高野は思いつつも理事長を見た。
もうすぐ卒業を控えた女子もそうだが、まだ一、二年の大人しい女子を呼ぶのは、得策ではない。
未だ教育の場での教師の立場は、生徒と比べると高い位置にあるのだ。
少し強い口調で問われれば、報復を恐れて事実を隠してしまうかもしれない。
自分達が手を尽くしてその恐れを払拭し、勇気を出して正直に話してくれても、ここに集まった保護者の何人が、その弁を信じるだろうか。
苦々しい顔で考え込む理事長の隣で、学園長が黙って首を傾げたままの若者を見た。
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