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 若者は首を傾げながらも無感情の顔で、保護者達と教師たちを見回していた。 「何か、気になる事でも?」  静かに問う学園長を見返した若者に、先程とは違う保護者の女が言う。 「若いのに、ご両親の代わりにいらっしゃるなんて大変だろうけれど、これだけの事を起こしてくれたのよ? 一言のお詫びもないのは、おかしいわよね?」 「こんな生徒、卒業を取り消されて、在校されても困るわ。うちの息子まで、被害に遭うかもしれないじゃない。早く、解決して下さらない?」  憎らしい事を次々と口走るが、その声は裏返っている。  若者が無言で、話している者を一々見返しているからだ。  黙ったままだった若者が口を開いたのは、その保護者達が口々に二人を責め立て始め、その矛先が両親にまで及んだ時だった。 「全然似ていない、ご兄妹じゃない。もしかして、お父さんが違うのかしら? そんな家庭環境だから、娘さんがそんなふしだらに育つんだわ」 「本当に、困った事よね。一度も顔を見せないご両親なんて。もしかして、お金目当てのお婿さん探しをするように言われて、この学校に来たのかしら? いい迷惑」  全く方向が違う所に飛び火し始め、女子生徒が体を強張らせ、担任教師が思わず抗議しようとした時、無感情な声が会話に割り込んだ。 「……その位で、満足してくださいませんか?」  言いながら立ち上がろうとしていた妹の肩を抑え、若者はやんわりと笑顔を浮かべた。 「あなた方の家庭内で、どれだけの鬱憤が溜まっているのかは知りませんが、もう充分じゃないですか?」 「なっ、あなた、何でそんなに悪びれなく……」  目を剝いた女の一人が、その笑顔をまともに見て、固まった。  女に同調しようとしていた保護者も、言葉を紡げずに固まっている。  若者は、今まで自分達兄妹に散々悪態をついていた面々を見回しながら、妹の頭に片手を置き、その髪をくしゃくしゃにしながら撫でていた。 「あなた方の言い分は、只の憶測ですよね? 確かに、あの両親を褒めるのは難しいですが、それを娘のこの子にまで当てはめるのは、どうなんでしょう?」  大体、と若者は笑顔のまま続けた。 「この子が突然抱き着いたのなら、そちらの男性の体格と体力で、無傷というのは、あり得ないです」 「お、お兄様っ」  頭をくしゃくしゃにされながら、女子生徒は恥ずかしそうに両手で顔を覆った。 「やめてっ、せめて、卒業までは言わないでよっ」 「それまで、一睡もするなと? 冗談じゃない」  やんわりと微笑んでいるのに、目と声音は無感情のままだ。  あれ、これは、もしや……。  事情を知る男三人が、素早く目を交わした。  完全に、寝不足状態だっ。  どうやら、保護者の言い分を聞いている内に、眠気がピークになったらしい。  不味いと思いながらも口を挟まないのは、その笑顔に見惚れてしまった事もあるが、それ以上に悔しい思いを噛み締めていたからだ。  微笑みながら、妹の髪をくしゃくしゃにして遊ぶ若者。  ものすごく、絵になる。  ビデオカメラを、持って来ておけばよかったっ。  そんな三人の前で、若者は妹の話をしていた。 「この子の好意の表現は、少しだけ過激です。それ故に、我慢しろと口を酸っぱくして約束させていました。この子も、きちんと納得して、好きな人にその思いをぶつけるのは結婚してからと、ちゃんと入籍と言う儀式を行った後、しかるべき場でその気持ちをまともにぶつけると、そう約束してくれました。相手をしてくれる人も、大怪我覚悟でそれを許してくれるはずです」 「大怪我なんか、させませんってばっ。絶対、受け止めてくれるもん」  淡々と説明する若者に、顔を真っ赤にした妹が主張するが、兄の方は懐疑的だ。 「そうかな。好きが相まって、肉に食らいつくんじゃあ、受け止めきれないだろうに」 「食べないもん、私の好きは、その好きじゃないもんっっ。お兄様と一緒にしないでっっ」  学園内では大人しい生徒として定着している少女が、大きな声で叫びながら、ポカポカと兄の肩を叩く。 「絶対、一目惚れの意味も、誤解してるでしょっっ?」 「そんな事はない。一目惚れって、あれだろ? 動きが完全に止まる程に目が離せない、初めて見たもの」  言っている事は最もに聞こえるが、何か違う。  そう室内の大人全員が口に出す前に、女子生徒が声を張り上げた。 「違うっっ」 「まあ、私の事はどうでもいいだろ? 先に、お前の話を終わらせないと。それには、少し静かに話をさせてくれ」  やんわりと宥める兄を見て、女子生徒は涙を浮かべて、悔しそうに口を閉じた。
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