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 そんな会話が交わされる間、保護者代表の面々も、問題の生物教師も固まってしまい、話は全く止まっていた。  元々の話は何だったのか、それを思い出させたのも、若者の言葉だった。 「もし、そちらの先生がおっしゃるように、好意を持って抱き着いたのなら、腕の一本や二本、無くなっていないとおかしいです」  思い出せはしたが、衝撃的な言葉に頭が真っ白になった。 「は? 何を言っているの?」 「ですから、騒ぎが起きた時点で命が無事だったのなら、既に病院に運ばれてると。傷害事件になったのなら、腹をくくって対処しよう。そう思って、私はここに来たんですが」  女子生徒は、そんな事を言う兄の隣でまた、顔を両手にうずめている。 「そう考えると思ったから、こんな騒ぎにしたくなかったのに……」  涙声で呟く少女に構わず、若者はやんわりと話を続ける。 「大体この子は、草食や雑食の人を襲う肉食ではなく、肉食系の人を襲う肉食ですよ」  いや、ですから、どうしてそう言う言葉だけ、正確に当てはめられるんですか。  知り合いの三人が同時に突っ込むが、声に出していなかったのでその声には答えがない。  若者の言葉を聞いて、保護者側の女が僅かに顔を赤らめて尋ねる。 「つまり、その先生を襲う筈はないと?」 「ええ。襲ったのなら、その人がここにいる筈が、ありません」 「な、成程」  納得してしまった。 「その、廊下でこの子を助けてくれた子の証言は、正しい、と?」 「まあ、その子だけの証言で、こんな大事にされたわけではないとは思いますが……」  やんわりと答えながら、若者は理事長の方へと目を向けた。  それを受けて、何とか我に返った理事長が頷く。  そして、目を交わした学園長が口を開いた。 「実は、他の学年の女子生徒からも、他の教師を通して相談が持ち込まれておりまして、事が大きくなったこの機会に、話し合おうという考えに至ったのです。保護者の方々と共に、まずは対象の先生の話を聞いてから、処分について職員全員で会議をする心積もりでおります」  思わぬ事を言われ、対象の生物教師が顔を引き攣らせた。 「お、お待ちくださいっ。本当に、誤解なんですっ」 「先生……」  溜息を吐いて呼びかけたのは、女子生徒の逆隣りに座っている、担任教師だ。 「申し訳ありませんが、説得力がありません。大体、あなたがこの生徒を呼び出したのを聞いていたのは、一人だけではないのですよ?」  空気がこちら側に有利と見た女教師は、ここぞとばかりに微笑んだ。 「丁度、帰りのホームルームの前で、私と、副担の先生が、その現場を見ておりました。それでも、呼び出していないと、言い切るおつもりですか?」  自分達だけではなく、クラスの生徒全員があの場を見ていた。  言った言葉を聞いていた生徒もいたが、副担の耳にその声は届いていた。 「あの人は、音楽の教師だという以前に、聴覚が優れていると有名ですから、幻聴の類ではないでしょう」 「い、いやだ、そんな確実なお話があるのなら、初めからおっしゃって下さい」 「申し訳ありません。言う暇が、なかったものですから」  完全に的違いの批判をしていた保護者が数名、居心地悪そうに誤魔化し笑いをするのに、担任教師は微笑んで謝罪する。 「新年度が始まる前で、良かったというべきでしょうね。臨時にせよ代理にせよ、募集しやすい時期に、この不祥事が起きた事は、不幸中の幸いでした」  理事長は、何か言いたげな生物教師を目線で黙らせながら、笑顔を浮かべた。 「あなたの処分は、近くお知らせする。それまでは、家で待機していてください」  鶴の一声で、その騒動は幕を下ろした。
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