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終業式を間近に迎えた、放課後。
望月千里は、いつものように授業を終え、すれ違う生徒たちの挨拶に挨拶を返しながら、職員室へと向かっていた。
一月前に、担任だった三年生を送り出したものの、教科の担当クラスは卒業生だけではなく、一息つく間もない。
去年の新学期に新任としてやって来た教師たちは、何とか落ち着いて来たが、未だに教師不足が続いており、国語の教師は自分しかいないという、悪境遇だった。
私立だからとはいえ、生徒優遇の学園づくりをしていては、教師の不満が募るばかりで、それが居ついてくれない原因なのだが、望月の同級生だった現理事長は、全く意に介していない。
それどころか、この位安全面を重視してくれているのならと、この地の保護者達からは好意の目を向けられているのをいいことに、特に警備面は少々やり過ぎの域に差し掛かっていた。
理事長が、生徒の安全を真剣に考え始めたのには、訳がある。
彼がまだ十代で、この学園に通っていた頃の話だ。
高校最後のテストを終えた頃、学園を揺るがす不祥事を起こした教師がいた。
理科の生物担当のその男教師は、秘かに男子生徒が憧れていた女子生徒を生物室に連れ込み、無体を働こうとしたのだ。
その女子生徒は必死で抵抗し、生物室から転がるように逃げてきたところを、廊下にいた生徒に助けられて無事だったが、加害者である教師は平然と無罪を主張した。
急遽集められた保護者代表たちや、教師たちの前で誘われたのは自分だとうそぶき、女子生徒を泣かせた。
それを聞いた男子生徒も、女子生徒の真面目さを知る同級生も、かなり真剣にその教師の抹殺を計画したものだった。
全員で袋叩きにして、焼却炉にくべてしまおうと、真顔で言ったのは今の理事長だ。
同じく同級生だった高野信之が宥めなかったら、本気でやっていたかもしれない。
「半殺しで、辛抱しろ」
全殺しはいかんと言い切る当たり、高野も腹を立てていたようだが、当時の副担任が真顔で窘めた。
「あんな奴の為に、将来を棒に振る気か? こんな大事な時期に、あんな仕出かしをする方もする方だが、それに煽られて卒業すら危うくなっては、目も当てられんぞ」
その時は、教師の顔を立てて、怒りを治めたのだが、将来、学園を継ぐ立場になる男は、深く考えたらしい。
その結果が、今のこの学園の現状だ。
件の生物教師は、精神病院に入院し、未だに出て来れないでいる。
どうやら、あの場で弁明を聞いていた女子生徒の兄を通じて話を知った誰かが、何やらやらかしてくれたらしい。
らしい、としか言えないのは、その女子生徒もその兄も、あの件が障って変化した事柄はなかったと、望月は聞かされているからだ。
保護者代表の一人で出席した中に高野の父親がおり、後にその時の事を息子に語った。
学園に呼ばれた若者が、古谷家に妹と共に戻った時、望月の同級生の少女は目を真っ赤に腫らしていたと、知り合いの女にも聞いていた。
視聴覚室から出て来た少女は、兄にしがみ付いたまま顔を伏せて泣いていたから、腫れているのは不思議ではなかったが、あれはもしかして、生物教師の暴言に耐えかねてではなく、兄の真顔での真実の暴露に耐えかねて、だったのかと思い当たった。
望月が当時様子を聞いて顔を顰めたのを見て、昔馴染みの女が複雑そうな表情になったのも、恐らくはその泣いた原因を少女に訴えられていたせいだろう。
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