青色のペン

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圭子は悩んでいた。 青色のペンにするべきか、黒色のペンにするべきか。 これまでは黒色しか選んできていなかったが、隣の席の美香が青色を使っていて、少し大人びて見えたのだ。 明日の夕方には席替えがあるから、青色を買ったところで使わなければ真似をしたとも思われないだろうし、いつもの自分とは違う明日が来るのが楽しみでもある。 他の人からすればどうでもいい違いだけれども、中学2年生の圭子からすればペンの色を変えることもちょっとした冒険なのだ。 DVDや本の片隅に申し訳程度の文具を置いている店で、いつもよりも丁寧なあいうえおを紙に書きながら、自分の手に馴染むペンを探していた。 よし、これにしよう。 6列のあいうえおを書いて決めた青色のペンを持ってレジに並んだ。 レジの前には圭子と同じくらいの年の女の子が並んでいて、同じような青色のペンを持っていたが、圭子は自分のペンの方が上品なペンのように見えた。 美香の周りにはいつも人が集まっていた。 彼女が明るくてよく喋るからという訳ではなく、どちらかというと大人しくいつも微笑んでいるだけなのに、休み時間になる度にいつも人が美香を囲んで笑い声が絶えなかった。 身につけているものも派手なものは全くなく、高いものを持っている訳でもない。それでも彼女が持っているものは他人の目を引き、新しいものを学校に持ってくる度に、めざとい女子達は美香を褒め称えていた。 そんな時でも彼女は控えめな笑顔を浮かべるだけだった。 美香の周りに集まる女子が圭子の机にもたれかかるのもいつもの事だった。 その度に圭子は咳払いをしたり、特に何かを出すわけでもないのに鞄を開け閉めするなどして、自分の存在を気づかせようとした。 「あぁ、ごめんね。」 美香の周囲の人間に明るく謝られる度に自分の矮小さを感じさせられたが、圭子はそれ以上の自己主張ができる性格ではなく、謝られても苦笑いをして軽く会釈するくらいしかできなかった。 今日の午前中の数学の時、美香が板書をノートに書き写す時に青色のペンを使っていたのを横目で見ていた。 鮮やかな青色で書かれたノートは輝いて見えて、その後に見直した自分のノートは黒一色でなぜか汚く見え、そっと美香に見えないようにページを伏せた。 店から出た圭子は何かやり遂げた充実感を覚えていた。 ペンを入れてもらった地味な茶色の紙袋がずっしりと重く感じられた。 家に帰って袋から取り出したペンを見て圭子は一人悦に入っていた。自分の名前をノートに書いてみる。 うん、いい。 地味で好きじゃなかった自分の名前が少し華やかに見え、この名前も悪くないじゃないかと鼻を鳴らした。 翌日、圭子はペンケースの中に青色のペンを入れたまま授業を受けていた。 心の中で、私は青色のペンをいつでも使えるんだぞ、と思いながら受ける授業は全く苦にならなかった。 席替えがある5限目後の休み時間が終わったら、6限目は大好きな国語の時間だ。新しいペンを使うには最高のタイミングだ。 5限目の数学の途中だった。 隣席の美香がゴソゴソとペンケースや鞄の中を探っていた。授業はペースも変わらず、ただ進んでいく。焦る美香は圭子の方を向いて小声で話してきた。 「ペンがインク切れになっちゃったから、圭子さんのペンを貸してくれない?」 ちらりと見えた美香のノートは青一色だった。 圭子は少し躊躇したが、ペンケースの中の青色のペンを美香に渡した。 少し驚きの表情を浮かべた美香だったが、すぐに微笑んで、ありがとう、と言った。 圭子の手元には黒色のペンだけが残ったが、ノートはもう汚れているように見えなかった。
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