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1 居酒屋『場有(バール)』
平成某年12月。香川県から国道11号線を車で東に向かって走り、徳島県鳴門市に入ると左手に海が開けてくる。右手には山。
その海岸道路の所々に漁村があり、その一つに『北之灘』がある。
そして、北之灘の小さな漁港の近くにその居酒屋はあった。
わたしは中島緑。この付近を校区としている北之灘高校の教員である。居酒屋『場有』は、クラスの副担任で定年前の大山仁三郎先生に誘われてよく飲みに来る。
お酒と海産物の料理がとってもおいしい居酒屋だ。
それに、女将さんがいい人。
わたしは、小さな居酒屋の前に立って、息んで言った。
「大山先生、今日こそ『場有』の名前由来を女将さんに聞きますからね。確かバールはドイツ語で居酒屋と言う意味でしたよね」
「おう。中島先生。酔っ払う前にしっかり聞いときなよ。先生は、いつも酔っ払うのがはやいで」
現在、時間は午後8時。天気予報では、宵の口から雪が降り始めると言っていた。もう、ちらほらと雪が舞い始めている。
12月とはいえこの辺りで雪が降るのは珍しいそうだ。吐く息が白いや。
居酒屋『場有』の立て看板には灯がともっていた。
わたしの受け持っているクラスに坂東渚という女子生徒がいるが、この店の女将さんは、坂東渚のおばあさんで凪さんという。
女将さんは高齢者だけど、矍鑠として、威厳のある大姉御のような人だ。背も高く大げさに言えば少し日本人離れしている感じがする。
それと、大きな秘密だが、女将さんは若いころ、当時まだ珍しかったバイク集団をつくってこの辺りの女帝として君臨していたのだそうだ。
女性ライダーなんて全国的に珍しい時代だからね。当時のカミナリ族の先駆者みたいな人かな。いや今時、カミナリ族なんて言わないか。
今風に言うと暴走族かな……でも悪さをする暴走族とは違う。当時珍しかったバイク乗りの男たちを束ねてこの辺りを走っていた。
たまに、もめ事を見つけると仲裁役を買って出たり、無法者が暴れたりすると懲らしめたりしていた。自警団ってとこかな……。
で、女将さんについたあだ名は『シュトルム凪』、バイク集団の名前は『ゴールドワシュバーフント』、乗っているバイクはBMW、ドイツ車なのだ。
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