~その頬に触れた時……~

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「そう云えば自己紹介まだでしたね。オレ、拓斗(たくと)って云います」  そう云ってペコリと頭を下げる目の前の彼……拓斗さん。頭を上げた拓斗さんは、こんな深夜でも眩しい程の笑顔を浮かべていた。 「いや……別に知りたくもないんですけど……」 「冷たくないですか!?」  興味なさげにそう返すと、拓斗さんは元々大きな目をくわっと見開き更に大きくさせる。 (いや、今から死のうとする人間に自己紹介とかいる?)  私はため息をつきながら冷静な頭でそう考えた。 「……まだ死ぬ気ですか?」 「え?」  少しの間を置いて少し低くなった拓斗さんの声に、私は思わず聞き返してしまう。彼の表情は真剣そのものだった。 「あ、当たり前じゃない。私は覚悟して今ここにいるの! 引き止めようとしたって無駄なんだから」 「……死んでラクになれると思ってます?」 「え?」  ボソリと呟かれた拓斗さんの言葉は、私の耳には届かず霧散してしまった。 「まぁ……止めるなって云ったって、オレには触れられないから実力行使されたらどうしようもないんですけど?」  情けなさと呆れが入り混じった複雑な表情をした拓斗さんは、ふぅ……とため息をついて腕を組んだ。確かに私に触れない以上、私がここから飛び降りれば拓斗さんには何もできない。 「どうしても死にたいですか?」 「当たり前じゃない!」  拓斗さんの質問に対して食い気味にそう答えた私に、彼は盛大なため息をついた。 「なら……オレとデートしませんか?」 「……はぁ!?」  眉間にシワを寄せた苦々しい表情から一変して、にっこり微笑んでそう云った拓斗さんの言葉に私は今日イチの大声を出した。てか、こんな大声出したのは久しぶりかもしれない……
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