第一章【忘れ損ねた思い出】第一話【セピア色の恋】

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思い出というほど思い返すような事柄は灰色という前述の通り無い。 しかし、それでも思い返してしまうのは自分がこの十年前の今に戻ってきてしまったからだ。 その当時のことを振り返れば、まだ田舎暮らしであり一人暮らしに憧れて高校は全寮制の私立門脇学園を受験した程度だ。 志望動機は他にもあるが、その他の記憶にも引っ掛かりがあった。 十年前の今日の出来事である。 当時の僕は亜柄委棋理絵というクラスで三番目ぐらいの美人に告白をして振られた。 豊かで艶のある黒髪を後ろで結んだほんわかのんびり系女子である。 十年前の今日はとても辛くて泣きべそを見られたくないというちっぽけなプライドのために、十年後の手紙を友達の松尾に預けてトイレで隠れて泣いた。 トイレの窓からでもその手紙を埋める様子が見えていたので、明確にそれはもう鮮明に覚えていたのである。 流石に十年経ったためその古傷は少しも痛くはないものの、思い出したからには探してしまうのが人の性というものだろう。 しかし、美人な彼女は直ぐに視界に収まった。 彼女の数人の友達と談笑しながら笑みを浮かべていた。 流石に今日のこの日に居ないということも無いだろう。 彼女にとってもこの中学校での最後の行事なのだから。 タイムカプセルへ手紙を入れるとき、視線を彼女に向けていたからなのかもしれない。 彼女と視線が数秒合わさった。 僕は流石に十年後から戻ってきて慌てる事も無い。 むしろ慌てたいのは別の事だ。 なんで僕は十年前に帰ってきたのか。 その一点に尽きる。 それも、十年前の3月10日。 卒業式、この日にである。 夢なら覚めろと念じたが覚めることの無いこの現状に、こういう本を昔読んだ気がするだなんて思えるのは、その戻った世界が戦争とかと無縁だからということなのだが、別段戻れないことにデメリットもあまり無いのだから戻らなくてもいい。 これが結論である。 夢だろうと走馬灯だろうとそのうち覚めるなら、この瞬間を少しでも懐かしんで楽しもうとさえ思えた。 大人の余裕ここに極まれり。 少し違うか。 さて、話を戻すが僕は高校の志望動機は一人暮らしに憧れて全寮制に志望した。 そして、もう一つある。 それは門脇学園は元女子高というやつで、今年から共学になったのだ。 灰色の人生だった僕はせめて青春がしたいだ等とのたまい、身の丈に合わない願望を胸に受験した。 とはいえ、頭がさほど良い訳でもないので猛勉強。 定員割れの滑り込み合格というやつだったが、合格は合格である。 僕は転生物のファンタジーで上手く立ち回る主人公を嫌というほど見てきた。 しかし、十年前に戻った僕から言わせてもらおう。 勉強とか何やってたかほとんど覚えてない。 キメ顔で言ったら物凄く格好悪いし、馬鹿にしかされないがマジで何も覚えてない。 猛勉強してようやく滑り込み合格なのだ。 もしも戻れなかったらこの先が思いやられるのは僕当人だけじゃなく、家族もそうだろう。 幻滅する家族の様子が思い浮かんで首を振った。
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