お試し

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お試し

ナオスが仕事斡旋所「つなぐ」で副所長として働き始めて3年がすぎた。 ナオスのスキルで面倒な客を改心させて仕事をどんどん斡旋している。おかげで業績は順調なので、ナオスの月給は30万円になっている。 他の仕事斡旋所から引き抜きの話もあるのだが、面倒なので断っていた。 引き抜きの話があるたびに、所長に「ヨヨヨ、ナオスくんがここを辞めたら、私もみんなも路頭に迷うのよ、そうなったら私はどうなるの? ヨヨヨのヨ、グスン」と嘘泣きをされるので、「しばらくは辞めませんよ」と言っていた。 「しばらくって、いつまで?」 「俺がいなくなっても、ここの経営が大丈夫になるまでですかね」 「そんなの分かるの?」 「ここで紹介した人が勤務先を辞めなかったら、毎月、マージンが入りますよね」 「うん」 「俺が改心させた人は、絶対に辞めませんから」 「そうなの?」 「みんな定年まで元気に働きますよ」 「だったら、安心かも」 「はい」 そんなナオスだが、妹のコマリに「お兄ちゃん、私の勇者パーティーに入ってよ」と頼まれた。 「お前のパーティーに入って、俺に何の得があるんだ?」 「人徳?」 「その徳じゃない」 「分かんないけど」 「マリオは入るのか?」 「お兄ちゃん、頼んでよ」 「頼んでないのか?」 「うん」 「なら、まずはお前が頼め」 「私が頼んで無理だったらお兄ちゃんが頼んでね」 「まあ、頼むくらいならな」 「うん」 コマリはマリオに勇者パーティーに入ってくれるように頼んだ。 「マリオ」 「断る」 「私の」 「だから、断る」 「勇者パーティーに」 「断固、断る」 「入ってよ」 「嫌だ」 「お兄ちゃんも入るんだよ」 「え? 本当に?」 「うん」 「本当に兄さんがお前のパーティーに入るのか?」 「うん」 「……兄さんがいるパーティーなら入ってもいいけど」 「やったー!」 コマリはナオスに報告した。 「お兄ちゃん、マリオが入ってくれたよ」 「は? 本当に?」 「うん。だから、お兄ちゃんも入ってよ」 「しかし、俺も仕事斡旋所の仕事があるから」 「お父さんを身代わりにしたらいいよ」 「父さん?」 「そう」 「……なるほど」 「いいアイデアだよね」 「そうだな、父さんなら副所長くらいできそうだ」 「お父さんなら余裕だよ。知らないけど」 「まあ、俺もコマリの勇者パーティーって心配は心配だ」 「うん。私も心配だよ」 「ふー、仕方ない。コマリが一人前の勇者になるまでだぞ」 「やったー! お兄ちゃんがいたら安心だよ」 「まあ、お前も稼がないと借金を返せないしな」 「そうなんだよ」 コマリは1000万円の借金持ちなのだ。 借金とはいえ、王都英才学校の3年間の学費なのだが。 ナオスは父親に言った。 「父さん、俺は仕事斡旋所を辞めるから」 「辞めてどうするんだ?」 「コマリの勇者パーティーに入って、石ハンターをやるよ」 「石ハンター、危なくないか?」 「コマリを野放しにするほうが危ないよ」 「まあ、確かに」 「で、父さんは俺の代わりに副所長をやってよ」 「副所長? 父さんが?」 「うん」 「いいのか?」 「いいよ。月給は30万だけど」 「30万? 安いな」 「凄く楽な仕事だからね」 「そんなに楽なのか?」 「たまに大声を出したり暴れたりする客がいたら、その相手をするくらいだね」 「そんな客、多いのか?」 「最近は多くて1日に3人くらいかな」 「ようするに、俺は警備員をすればいいんだな?」 「そう」 「お前、そんな仕事をしてたのか?」 「うん」 「お前、そんなに強かったのか」 「まあね」 「そんな奴らは、撃退していいのか?」 「先に殴られたらね」 「なるほど。何でか、うちの家族は痛みを感じなくなったしな」 「みたいだね」 「怪我とかも勝手にすぐに治るしな」 「そうだね」   さすがに3年もたつと、無痛と身体自動回復のことも家族はみんな気づいている。 翌日、ナオスの父親のカオスは仕事斡旋所「つなぐ」に出勤した。 「おはようございます」 「あ、まだ開いてませんよ」 「あなたは所長ですか?」 「はい」 「今日からお世話になります。ナオスの父親でカオスです」 「あ、お父様。こちらこそお世話に……え?」 「え?」 「あの、今日からお世話になります、とは?」 「あれ? おかしいな」 「何がです?」 「いや、ナオスに今日から副所長をしてくれと言われて来たんです」 「ナオスくんが?」 「はい」 「……もしかして、お父様もスキルをお持ちで?」 「持ってません」 「あの、ナオスくんにやってもらっていた仕事は、スキルがないと」 「大丈夫だと言ってましたよ」 「ナオスくんが?」 「はい」 「……では、お試し期間で様子を見ていいですか?」 「もちろんです」 ナオスの父親はお試し雇用された。 業務が開始され、仕事を斡旋してほしい人がやってきだした。 そして、大声を出す面倒な客も。 「カオスさん」 「俺の出番ですね」 「お願いします」 「おまかせください」 カオスは大声を出す客に近づいた。 「おい、うるさいぞ」 「うるせえ!」 「お前がな」 「何だと! 何だ、お前は!」 「俺は副所長だ」 「副所長?」 「お試しだが」 「あ?」 「で、どうするんだ?」 「どうする?」 「大声を出すなら出ていってくれ」 「何だと! このチビが!」 ナオスも背が低いが、父親のカオスも背が低い。家族みんな、背は低いのだ。 「やれやれ」 カオスは客を外へ連れ出そうとした。 「触るな! チビが!」 ガッン! カオスは殴られて吹っ飛んだ。 しかし、すぐに何事も無かったように立ち上がる。 「は? む、無傷、だと?」 「さて」 「ス、スキル持ちなのか?」 カオスは素早く動き、客の腕の関節を取った。 カオスは小さくて馬鹿にされる事が多かったので、子供の頃から格闘技を習っていて関節技が得意なのだ。 ボキッ! カオスは躊躇なく客の腕を折った。 「うぎゃー! い、痛えー!」 「お前が先に俺を殴ったからな。これは正当防衛だぞ」 (あら、まー。ナオスくんの父親は戦闘民族だったのね)と思う所長だった。
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