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口髭を蓄えた中年の男は、数いる観衆の中から私を指名した。
52枚のトランプを扇形に広げると、裏側で好きな一枚を選ばせる。
物柔らかな顔つきが、これが馴染みの手品であることを暗に感じさせた。
私は迷いながらも、中央にあったカードをすっと引き抜く。
赤いひし形が規則的に並ぶダイヤの8だ。
「選びましたね?
では、そこに描かれたマークと数字を皆さんにも見せてあげてください」
マジシャンに言われるまま、右手に持っていたそれを高く掲げた。
全員が静かに頷いて間もなく、次の合図が掛けられる。
「そうしたら、そのカードの表側を私に見せないようにして、
山札の好きな場所に戻してください」
しばし大衆の目に晒されたダイヤの8は、すぐに仲間たちのもとへ紛れ込んだ。
どれもこれも体型は瓜二つ。行方は当然知れない。
微笑んだ羊飼いは手際よく山札をシャッフルする。
「ありがとうございます。
ご覧の通り、私は選ばれたカードがダイヤの8であることを知りません」
時間差でどよめきが起こった。観衆は皆、愕然と開く口を両手で覆っている。
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