古屋 みけ

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「ねえ〜まだ帰りたくないー」  恋人に身を委ねてわがままを言う可愛い女の子。いいな。そんなことを思えば、ああ、ほらまた、泣いちゃう。好きな人のことを考えると無限に涙が出てくる。自分でもバカみたいだって思うのに、考え出すと止まらない。表面張力の限界はすぐにきて、ぽつ、と都会に急に降り出した雨みたいに涙を落とした。  背負っているギターケースだって、こんなに重くて、それも相まって、さらに泣きそうになる。19時過ぎの渋谷駅前はそんなわたしを無視して隊列を崩さない。右に行く者は右に、左に行く者は左に、ぶつからないギリギリの隙間を縫って歩いていく。こんな小さく丸まったままのわたしなんて、きっと見えていないのだ。  いないものとして扱われ、雑踏の中でむしろ邪魔にしかならない小さく丸めたわたしの背中。でもここにトゲが生えていたら、みんな避けるくせに。古代を踏みしめる恐竜を思い浮かべて「ガオ」と小さく吠えた。  古着屋の匂いが残るパーカーの袖で涙を拭いて、また空を見る。さっきと少しも変わらない狭い空。けどまだここよりも窮屈ではなさそうで。そんな空に届くようにもう一度、息を吐いた。
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