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二
捜査本部の置かれた大会議室は、署員と県警本部から来た刑事でぎゅうぎゅう詰め状態になっていた。
前の幹部席には、署長と木村刑事課長、そして捜査一課の課長と、刑事部長が座っている。
「起立!」と誰かが言ったのを号令として、会議室のなかの一同が一気に立ち上がった。
礼、着席、と続いて声が響いて、幹部席の真ん中に座っている刑事部長が起立して会議室の端から端まで見回すしぐさをした。
「朝早くから、ご苦労。今回の事件の指揮を執る、刑事部長の桑原だ。事件解決に向け、諸君らの働きに期待するところ大である。気を引き締めて取り組むように」
桑原和也刑事部長は、四十五歳の警視正。いわゆるキャリア組のエリートだ。先々月の移動で県警察本部刑事部長に就任した。
桑原部長は同期キャリアのなかでも出世頭と言われており、現在の警察庁警備局の課長と並んで、すでに将来の警視総監候補とも警察庁長官候補とも言われている。
会議は進み、捜査一課長と鑑識課長が現在までに判明している情報を、捜査員に明らかにしていく。
被害者は佐藤一郎三十五歳とその配偶者花子同じく三十五歳、そしてふたりの娘である初子四歳の三名。午前四時ごろ、新聞配達に訪れた男が、玄関先で倒れている花子の姿を見て、一一〇番通報した。
現場では鑑識活動が続いている。
「今回の事件は、顔見知りによる犯行の可能性が濃厚だ。現場周辺での聞き込みはしつつも、被害者の人間関係周辺を洗う鑑取り班に主力を振り向ける」
桑原部長がそう言うと、会議室内はどよめいた。
まだ十分に情報は揃っていない。にもかかわらず、顔見知りの犯行と判断する根拠は何なのか。
誰もが思っていた疑問を、木村刑事課長がぶつける。
「失礼ながら、部長。今のうちから予断を持って班割りをするのはいかがなものかと……。いったいどういう理由で、顔見知りの犯行とお思いになりますか?」
桑原部長は嘲笑するように鼻先を鳴らして、
「事件現場の鑑識から、被害者の佐藤一郎は腹や胸を二十回以上、刺された傷があると報告を受けている。強い恨みを持ったものの犯行と見るのが当然だろう」と言った。
「いえ、でもおそらく犯行時刻は夜中から未明にかけてのはずで、強盗の可能性もあるのでは?」
「被害者の家からは、金目の物が盗まれたとは今のところ確認されていない。鑑取りを優先させる」
「いえ、それは……」
なおも納得しない木村課長に対し、桑原部長は教え諭すように、
「初動捜査は極めて重要だ。もしお宮入りした場合、初動捜査に問題があったとなると、延々とマスコミに批判され続けることになる。現時点で怨恨の可能性はあり、強盗の可能性が確認されてないならば、前者を取ることに何の問題がある」と言った。
荒木はそれを聞きながら、すでに迷宮入りした場合に備えて保険を掛けておくその態度に、強い違和感を覚えた。
「実際に効果的かどうかはどうでもいい。多くの人にとって、我々の行動が効果的に見えているかどうかが最重要なのだ。そう見られなければ、『警察は真面目にやっていない』と批判する隙を与えてしまうことになる。現代では、やってる感こそが最重要なんだ」
桑原部長はそう言って、方針を変更しないまま班割りへと会議を進めた。
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