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三
捜査本部が起ち上がった初日、荒木は命じられたとおり、ちょうど一回り年上の県警本部の吉野寛巡査部長とペアになって、被害者である佐藤花子の人間関係の調査に当たった。
子供がまだ小さいということもあって、佐藤花子は専業主婦をしていたが、結婚前は市内の金融機関に勤務していた。
その金融機関に赴き、かつての同僚などに詳しく話を聞いたが、正直なところ被疑者検挙につながりそうな情報はまったく得られなかった。
午後七時から再び捜査会議が開催され、各班から情報がもたらされる。
会議終了後、荒木は日報にその日の捜査の様子を記入した。と言っても、収穫がなかった荒木班には記載すべき内容はほとんどないのだが。
書き終えた日報を持っていくと、桑原部長はそれにさっと目を通したあと、荒木を睨みつけた。
「なんだ、これは?」
「なんだとおっしゃいましても、日報ですが……」
「なんでこんなに、内容がないんだ」
「いえ、有力な情報が得らなかったものですから、書くべきことがほとんどないんです」荒木は正直に言った。
すると桑原部長は声を少し大きくして、
「書くことが少ないということは、真面目に仕事をやっていないと思われても仕方ない。そうは思わないか?」
「はあ……」
「明日から、日報はA4の紙に五枚以上書くことを全員に義務付ける。なんとしても書くに値する内容を見つけてこい」
翌日から、荒木と吉野のペアは捜査をするというよりも日報に書くネタを探すようになった。
A4の紙に五枚というと、文字数にすると改行や段落を考慮しても六千字ほどになる。それだけ文字を書くことも一苦労だが、そのネタを探すことはさらに難しい。
聞き込みに行った相手に、事件につながりそうなネタをむりやり聞き出して、三日間は話を大きく膨らませた無駄に長い日報をなんとか書きあげたが、四日目からは吉野巡査部長と話を合わせて、架空の捜査内容を日報に書くようになった。
もちろん大いに問題がある行為だが、そうでもしなければA4の紙五枚のノルマをこなせないのだから、仕方がない。
当然のことながら、ほかの捜査員も似たようなことをするようになった。
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