01.過ちにキス

9/40

13763人が本棚に入れています
本棚に追加
/309ページ
「ありがとうございます」 平然と課長から煎餅を受け取ると、彼は満足気に口角を上げ、踵を返した。 こういう扱いは慣れているから、今更何のダメージも受けない。むしろこれが私にとっての“普通”だから。 「…佐倉さん、マカロンと交換しますか?」 課長の姿が見えなくなったのを確認した川瀬さんが、困惑した表情を浮かべながら小声で尋ねてくる。 それに対し「ううん、大丈夫。昨日少し飲みすぎたから、ちょうど塩っ辛いものが欲しかったし」と返すと、彼女は分かりやすく安堵の息を吐いた。 「ほら、早く他のみんなにも配っておいで」 「あ、はい。行ってきます」 川瀬さんが去っていき、漸くひとりになった私はすぐにスケジュールの確認を始めた。 今日はいつにも増してぎっしりと予定が詰め込まれている。 昨夜香菜にも伝えた通り、私の所属する営業課はリーダーが急遽抜けることになった。その影響でここ数日バタバタしている。 代わりのリーダーも決まっていないし、今日はまず会議から始まり、引き継ぎの件で取引先を数件回って、それから…。 「おはよーございまーす」 気怠そうな低い声がオフィスに響いた。 このやる気のない感じ。顔を見なくても伊丹マネージャーだと分かる。 先ほど受け取ったお土産のお礼を言うため、顔を上げて声のした方に視線を向けた。 「伊丹マネー……」 伊丹マネージャーに声を掛けようとした、その時だった。 彼に続くようにオフィスに入ってきた人物を視界に捉えた瞬間、思わず目を見張った。 ──なんであの男(・・・)がここにいるの?
/309ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13763人が本棚に入れています
本棚に追加