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「佐倉さん、行きましょう」
川瀬さんに促されるまま会場の中へ入る。緊張からか、危うく手と足が同時に出るところだった。
ヒールの靴は慣れなくて、歩き方がぎこちなくなる。それを察した川瀬さんが、歩くスピードを微かに落としてくれた。
「佐倉さん、私もう少し小さな会場を想像してました」
「…同じく」
かなりの人数が入れそうなだだっ広い会場の中は立食パーティースタイルになっていて、所々にテーブルが置かれている。
会場には既にたくさんの人が入っていて、見慣れない顔もチラホラ。クライアントはまだのはずだから、恐らく他の支社の役員達だろう。
「とりあえず伊丹マネージャーを探してみますか?なにか手伝えることがあるかもしれないし」
「うん、そうだね」
そう言いながらも、キョロキョロと辺りを見渡して必死に探しているのは、伊丹マネージャーではなくあの男だった。
桜佑は背が高いから目立つはずなのに、なかなか見付けられない。もしかすると会場の中にはいないのかも。
思わず肩を落としながらも、会場の奥へと進んでいく。そこでふとある事に気付き、川瀬さんの肩をつんつんと指でつついた。
「…川瀬さん」
「はい、どうしました?」
「私達、めちゃくちゃ見られてない?」
一歩一歩、前に進む度に感じる痛いほどの視線。
気付かないふりなんて無理。だって、私達の周りだけ明らかに変な空気が流れている。
最初はみんな川瀬さんを見ているのだと思った。けれどたまーに聞こえてくるヒソヒソ声は「あれ誰?」「もしかして佐倉さん?」「キャラ変わってない?!」と、ほぼ私宛のもの。
「みんな引いてる…どうしよう」
「“見惚れてる”の間違いですよ」
「でもみんなキョトンとしてるし」
「ふふふ、綺麗過ぎて言葉を失ってるんですね。佐倉さんは背が高くてスタイルがいいから目立ちますし」
「……靴、脱いでいい?」
「だめです」
ぴしゃりと言いきられ、思わず小さな溜息を吐いた、その直後。目の前を横切った男性のポケットから、何かが床に落ちたのが見えた。
「あ、これ落としましたよ」
落としたものはハンカチで、すかさず拾って声を掛けると、振り返ったのはなんとあの総務部の課長。
あ、やば。と思った時にはもう遅くて。
課長と視線が重なった瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
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