09.恋心にキス

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「佐倉さん、今日は一段とお綺麗ですよね」 「……」 「あ、課長。またハンカチ落ちてますよ」 勝ち誇った顔で課長にハンカチを渡す川瀬さん。それをおずおずと受け取った課長は、まだ私が“佐倉くん”だということを受け入れられないのか、口を開けたまま固まっている。 「佐倉くん…だったか。いや、うん。そんな気はしてたんだが…」 私の頭のてっぺんから足の爪先まで、課長は何度も視線を動かしながら嘘を吐く。そこにいつもの勢いはない。 その様子を見て思わず苦笑浮かべる私に、川瀬さんが横からツンツンと脇腹をつついてくる。 「佐倉さん、きっと今なら何も言い返してこないですよ」 「…え?」 「何か言ってやりたいことはないですか?普段の怒りをここでぶつけてやりましょう」 川瀬さんのブラックな部分を、初めて見たかもしれない。 私に耳打ちしてくる彼女の目は、意外にも本気だった。 「別に私は…」 今更課長に言いたいこともなければ、理解してもらいたいとも思わない。むしろ角が立たないようにずっと我慢してきたから、これからだって…。 いや、そうやって私が何もしないから、この間も桜佑が庇ってくれたんじゃないか。今だって、川瀬さんにだいぶ助けられている。 これからも守られるだけの女でいるつもり?…ううん、私は変わるって決めたんだ。背中を押してくれる人達のためにも。 「…課長、」 もうこの人に、これ以上男扱いさせてやらないんだから。 心の中でそう訴えながら、意を決して口を開いた──その時。 ふと会場の入口付近が視界に入り、そこにいた人物を捉えた瞬間、息を呑んだ。 背が高いだけでなく、顔が整っているからよく目立つ。 伊丹マネージャーと並んで入ってきたその男は間違いなく桜佑で、普段とはまた違うスーツ姿に、思わず目を奪われた。
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