09.恋心にキス

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髪がオールバックにセットされているせいか、いつも以上に色気がダダ漏れで、悔しいくらい魅了させられている自分がいる。最近まともに桜佑の姿を見ていなかったから、余計にそう感じてしまうのかも。 けれどそんな私を余所に、桜佑はまだ私の存在に気付いていない様子。伊丹マネージャーと話をしながら、こちらに向かって歩いて来ている。 「…佐倉さん?」 「あっ、」 川瀬さんの声でハッとした。桜佑に気を取られて忘れかけていたけれど、そういえば課長に何かひとこと言ってやろうとしてたんだっけ。 慌てて課長に視線を戻したけれど、桜佑を見たせいか口元がニヤけそう。もう完全に意識が桜佑にいってる。 何とか切り替えようとするも、気付けばまた横目で桜佑を追っていた。徐々に近くなる距離に、脈が早くなるのが分かった。 そして遂に、すぐそばまでやって来た彼の視線が、ゆっくりとこちらに移った。ふいに重なった視線に、ドキッと大きく心臓が跳ねた。 漸く目が合い、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが同時に襲ってくる。けれど桜佑は、重なったはずの視線を、なぜかすぐに逸らした。 ──かと思えば、再び私を視界に捉えた桜佑。所謂、二度見というものをした彼は、私と目が合った瞬間、その目を大きく開いた。 「えっ、おま…」 お前──そう言いかけて口を噤んだ桜佑は、とても間抜けな顔をしていた。私の変身ぶりに、驚きを隠せないようだ。 変じゃないかな。桜佑の目に、私はどう映ってる? 思わず不安げに桜佑を見つめた直後、川瀬さんが再び私の脇腹をつつくから、ハッと我に返った。 そうだった、課長に何か一言…! 「わ…私は女です!」 短時間で頭をフル回転させた結果、なんとか絞り出したのはこの一言だった。私を男として扱う彼に言いたいことは、これしかなかったから。 けれど、どうやら上手く伝わらなかったらしく、課長はキョトンとしている。 あ、これ完全に間違えたやつだ。と、思わず苦笑した矢先、近くから「ふっ」と吹き出すような笑い声が聞こえて、弾かれたように視線を向けると、そこには口元に手を当てて笑いを堪えている桜佑の姿があった。
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