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何か、手にとても長いものを持っている。一瞬それが弓矢に見え、俺は太い木の後ろに隠れた。
突然空気を震わす旋律が暗闇の中に流れ出す。細くてなめらかで、けれど凛とした雰囲気をまとう、まるで絹糸のような音色。空中で繊細に絡み合い、広がるそれは木の陰から彼の方を窺う俺の周りを網のように囲む。
「――みどり……」
目を閉じて旋律を紡ぐ彼の唇からこぼれた言葉は、まぎれもない彼女の名前だった。かつて俺の妻だった、みどり。あの日突然、トラックにはねられ復路のない旅路に連れていかれたみどり。
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