薄紅色のフィルム

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薄紅色のフィルム

 私には、今でも忘れられない女性(ひと)がいる。  その女性(ひと)とはもう、結ばれることは決してない。  これは私の心の中の思い出。  彼女に恋をしたのは高校生二年生の、通学途中の電車内だった。  発車時刻になり、ドアが閉まろうという時に彼女は電車に乗り込んだ。  夏の暑さも過ぎ去った10月、彼女は白色のハンカチを取り出し汗をぬぐった。  危なかったねと友人と笑う彼女は、綺麗な笑顔をしていた。  あぁ、一目惚れというのはこういうことを言うのだろうか。  彼女は私の心に一瞬にして入り込んできた。  単純な男と思われるかもしれない。  私は彼女の笑顔を横目で見ながら下車する駅を待つ。  電車の揺れが心地良い。  彼女は、私が下車する駅の手前で彼女の友人とともに降りていった。  私は彼女が見えなくなるまで、彼女の姿に見惚れていた。  次の日、彼女はまたこの車両に乗るだろうか?  私はそんな気持ちで彼女が乗る駅に到着するのを楽しみにしていた。  もし今日この車両に彼女が乗ったら、声を掛けてみようか?  なんて、考えるだけで声を掛けられるはずがない。  私は淡い期待が裏切られることを信じながら、彼女を拾う駅を待った。  電車は駅に停まりドアを開ける。  そこには彼女の姿は無い。  あぁ。よかった。  私は少しの安堵感と寂しい気持ちを覚えたが、ドアが閉まる直前、彼女は電車に乗り込んだ。  胸が高鳴った。  今日も危なかったねと友人と笑う彼女は、白色のハンカチを取り出した。  今日もギリギリだったけど、いつも寝坊でもしてるの?  そんな事、言えるはずもない。  私は今日も、彼女を遠くから見つめ下車する駅へと向かう。  彼女を知ってから一か月後、私は久しぶりに友人と一緒に電車に乗った。  友人と他愛のない話をしながら、彼女が乗る駅を変わらず楽しみにしていた。  いつも通り、発車ギリギリで私のいる車両に乗り込む彼女と彼女の友人。  私はそんな彼女を横目で見ていると、私の友人が彼女の友人に話しかけた。  私は驚いてその様子を見ていると、二人は知り合いだった。  私はこのチャンスを逃したくなくて彼女に話しかけた。  彼女の名前は(かえで)といった。  それからというもの、毎日四人でそれぞれ下車する駅まで乗ることになった。  私は彼女との時間が毎日の楽しみになった。  そして、連絡を取り合い放課後も四人で帰るようになった。  時間があれば、ファミレスに行きご飯を食べたり、ゲームセンターに寄ったり、公園で話をしたり。  彼女を知れば知るほど、私の心は彼女で満たされていった。  高校二年の秋が終わり冬を超え、私達は高校三年生になった。  受験や就職活動と忙しくなる時期だったが、学校は違えど私達は相も変わらず四人でいた。  私は大学に進学する予定だったが、他の三人は就職をするという。  ずっとこの四人で居られるわけではないと思うと淋しさが胸を締め付けたが、それぞれが進む先を見つけ選択をしなければならない。  私は地元の大学に合格し、彼女は東京に就職が決まった。  私は、この胸の中にある想いを彼女に打ち明けるべきか悩んだ。  彼女は私と同じ想いを抱いているだろうか?  もし、二人の想いが重なっても、次第に距離が心を離してしまう気がした。  高校生活も残り僅かな秋の日の夕暮れ、私は彼女を呼び出し公園のベンチで話をした。  皆でいるのもあと少しだねなんて、ありきたりな事を言う。  彼女は寂しそうに頷く。  陽も沈み、辺りがシンと静まり返る頃、二人は唇をそっと重ねた。  彼女の頬には涙が流れていた。  私達は四年後にまたと約束をし、公園を後にした。  高校生活三度目の冬を超え、私達はそれぞれの道へと歩みだす。  私は彼女を空港まで見送りに行くと、彼女は嬉しそうに笑った。  必ず迎えに行くよ。  私はそう言って手を握った。  彼女は涙を瞳に溜め頷くと、またねと言って旅立った。  帰り道、私は涙を流して泣いた。  彼女との短すぎた想い出は、私の中で薄紅色のフィルムとなった。
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